農地・森林・海洋を通じたカーボンニュートラルの推進CO2吸収源、炭素貯留機能のさらなる発揮

CO2吸収源、炭素貯留機能のさらなる発揮

近年、大規模な自然災害が増加し、被害の程度も範囲も大きくなっています。地球温暖化と気候変動をもたらす温室効果ガスの削減はもはや待ったなしの状況です。
我が国の温室効果ガスの排出量は約11.7億トン(二酸化炭素換算)、そのうち農林水産分野の排出量は約5千万トン(2021年度)となっていますが、自然資本を活用する産業であるからこそ、2050年に温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする『カーボンニュートラルの実現』を目指し、農林水産業においても全速力で取り組む必要があります。

豊かな農地や森林、海洋は、私たちの暮らしを支える農業や林業、漁業の発展に欠かせない存在であると同時に、大気や水質の浄化、水源の涵養、生物多様性の保全などの重要な役割を担っています。これら自然資源は、CO2を吸収・固定し、炭素を貯留する作用もあることから、カーボンニュートラルの切り札として注目されています。

農林水産省では、農林水産業や地域の将来も見据えた持続可能な食料システムの構築に向けて、食料・農林水産業の生産力向上と持続性の両立をイノベーションで実現させるための新たな政策方針として、令和3年5月に「みどりの食料システム戦略」を策定しました。本戦略では、 2050年カーボンニュートラルの実現に向け、吸収源対策を一層強化するための研究開発及びその社会実装を加速化すること等の方針を明らかにしています。

農地や森林、海洋といった自然資源の活用においてどのような課題があり、どのような可能性があるのか、見ていきます。

農地・森林・海洋におけるCO2の吸収・固定、炭素の貯留とは

農作物樹木など植物、海藻など藻類は、光合成過程CO2吸収して炭素(有機物)として固定します。農地森林吸収するCO2温室効果ガスは、年間4,760万トン(2021年度)のぼります*1。植物藻類固定した炭素は、それら生きている植物体として貯留されます(樹木で顕著)*2、枯れた農地森林土壌中あるいは海底大量貯留されます。そのため、農地森林、海洋管理・保全自体が、温室効果ガス巨大吸収源炭素貯留守ること繋がってます。

農地・森林・海洋によるCO2の吸収・固定、炭素の貯留の仕組みについて、もう少し具体的に見ていきます。

・農地:
農地土壌には、農作物由来の有機物(非可食部分などの収穫しない部分など)が多量に含まれています。この有機物には、農地の農作物等が光合成で吸収したCO2由来の炭素が含まれています。土壌有機物が土中の微生物によって分解されるとそれらの炭素はCO2として大気中に再放出されますが、土壌有機物の一部は微生物分解を受けづらい化学構造であるため炭素が土壌に蓄積されていきます。これが土壌炭素貯留という状態です。農作物由来の有機物をより分解されにくい形にして農地土壌に埋めるといった工夫をすることで、土壌炭素貯留量を増やし、CO2の削減につなげることができます。
・森林:
森林を構成する樹木は、葉による光合成によって大気中のCO2を吸収し、有機物として固定します。固定した炭素を使って、樹木全体が成長します。そのため、樹木の成長にともない年々樹木体内に炭素が貯留されていきます。樹木はサイズが大きくて寿命も長いことから、長期間の炭素貯留ができます。また、森林面積が広いほど、炭素貯留の総量が拡大できることになります。樹木の炭素貯留量は成熟段階において最も大きくなりますが、1年間に吸収できるCO2の量は樹木の成長が旺盛な若齢段階で最も大きくなります。森林としての炭素貯留量やCO2吸収量は、森林を構成する樹木の種類や、その発達段階によって変わりますが、日本の人工林の多くは高齢化が進んでおり、森林による炭素貯留量は大きい一方でCO2吸収量は年々減少傾向にあります。そこで、「伐って、植える」ことで人工林の若返りを図ることが、森林自体のCO2吸収量の増加につながります。また、伐った樹木を「木材として使う」ことで、樹木が固定した炭素を森林以外の場所に貯留することができます。
・海洋:
海洋は、それ自体が大気からCO2を吸収しています。もう1つ、大きなCO2の吸収源になっているのが藻場や、湿地・干潟などの海洋生態系です。このような海洋生態系に取り込まれた炭素はブルーカーボンと呼ばれます。海藻は、地上の植物と同様に光合成によって水中のCO2を吸収し炭素を固定します。海藻の寿命は短く、枯れると炭素は再び海水中に放出されますが、海藻の一部は分解されずに海底に堆積するなどし、それによって炭素が貯留されていきます。藻場の保全・拡大をすることがブルーカーボンの増加につながり、ひいては大気中のCO2削減に役立ちます。

カーボンニュートラルの実現に向けて農林水産業に期待されること

2050年カーボンニュートラルの実現に向けて、各産業では様々な技術開発を進めているところですが、技術的な制約等により完全にCO2の排出をゼロにするのは難しいと考えられています。一方で、自然プロセスや工学的プロセスによってCO2を吸収し、炭素を貯留することができれば、CO2排出量を相殺することができます。このような技術をネガティブエミッション技術といいます。この中でも、自然プロセスの人為的な加速によって、大気中のCO2削減へ寄与していくことが、農地や森林、海洋には期待されています。

引用元:経済産業省第8回グリーンイノベーション戦略推進会議 資料4「ネガティブエミッション技術について」p4を参考に作成

世界的に人口増加が進む中、農地土壌の劣化、森林の乱開発や藻場の減少も起こっています。土壌劣化、森林や藻場の減少が進むと、貯留されていた炭素がCO2として再び大気中に排出されてしまいます。四方を海に囲まれ、国土の約3分の2を森林が占めている我が国においてはこの豊かな自然を維持・保全していくことが、カーボンニュートラルの実現にとっても、また農業や林業、漁業が持続していくためにも重要です。

引用元:経済産業省第6回産業構造審議会 グリーンイノベーションプロジェクト部会 産業構造転換分野ワーキンググループ 資料6「『食料・農林水産業のCO2等削減・吸収技術の開発』プロジェクトに関する研究開発・社会実装の方向性」p2を参考に作成

農地・森林・海洋におけるCO2吸収量と炭素貯留量の拡大可能性

カーボンニュートラルの実現に向けて必要なCO2吸収、炭素貯留の量を考えると、今よりもさらに拡大する方法を考えたいところです。グリーンイノベーション基金事業では、農地・森林・海洋それぞれについて、CO2吸収量、炭素貯留量を拡大していくための技術について、開発を進めています。それぞれについて、以下にご紹介します。

・農地:
土壌炭素貯留量を増やすことができる、バイオ炭という資材があります。間伐材等の木材(竹を含む)、果樹の剪定枝、もみ殻等の未利用生物資源を原料として作る炭のことで、木炭や竹炭もこれに該当します。バイオ炭中には、原料のバイオマス、すなわち生物由来の有機物に含まれていた炭素があります。バイオ炭の原料となる剪定枝やもみ殻等に含まれる炭素は、そのままにしておくと微生物の活動によって分解され、CO2として大気中に再放出されますが、炭は微生物に極めて分解されにくいので、炭に加工して農地に施用することで、含まれている炭素を長期間土壌に閉じ込めることができます(炭素貯留)。結果として、大気中へのCO2の排出量を減らすことになります。
バイオ炭には、土壌中に水分を保持する、空気や水を通りやすくするといった効果があり、古くから土壌改良資材として利用されていますが、基本的に肥料としての効果はありません。
そのため、農業者は、バイオ炭だけでなく、農作物の生育促進を図るために肥料をまく必要があります。また、バイオ炭は資材としての価格も高く、施用した場合、一般的にはアルカリ性の性質を示すため、施用量や農作物の種類によっては生育に悪影響を及ぼすこともあり、農業者が積極的に使うメリットが小さい状況です。そこで、土壌中の養分を肥料成分として農作物に供給し、農作物の生育促進を助けるといった有用微生物の機能をバイオ炭に付与することで、肥料の感覚で利用できるバイオ炭(=高機能バイオ炭)の開発を進めています。
高機能バイオ炭を効率的に製造し、農作物の種類や土壌にあった生育技術とともに普及していくことが、CO2削減の一助となります。さらに、高機能バイオ炭を使って育てるなどした農作物が、どれくらい環境保全に貢献したかをわかりやすく示す仕組みを作ることで、農作物に「価値」をつけて販売できるようにすることも、普及拡大を後押しすると考えられています。
引用元:経済産業省第6回産業構造審議会 グリーンイノベーションプロジェクト部会 産業構造転換分野ワーキンググループ 資料6「『食料・農林水産業のCO2等削減・吸収技術の開発』プロジェクトに関する研究開発・社会実装の方向性」p7を参考に作成
・森林:
前述したように、森林の若返りを図っていくことがCO2吸収量拡大につながります。そのためには、高齢化した森林を伐採した後は確実に植え替える(再造林する)ことが非常に重要です。さらに、森林以外の場所で、樹木が固定した炭素の貯留量を増やすためには、伐採した樹木を木材としてより多く活用していくことが必要です。
これまでも家具や一般住宅で木材は利用されてきていますが、今後利用を増やしていきたいのは、木造率が低い公共施設、オフィス、商業施設などでの木材利用です。かつては木材の強度などが課題となっていましたが、十分な性能を持つ部材開発が進んできており、近年では高層建築物などでの木材利用は拡大しつつあります。2021年10月には改正木材利用促進法が施行され、脱炭素社会の実現に向けて、政府一体となって建築物におけるさらなる木材利用の促進を図ることも明記されました。
今後、建築物における木材利用を促進するための部材として注目されているのが、等方性大断面部材というものです。木材の特性として、繊維に直交する方向では強度が弱まる傾向がありましたが、加工技術によって、いずれの方向でも変わらない強度(等方性)を持ち、大きな面積(大断面)を持つ部材の開発を進めています。
既存の部材に等方性大断面部材という新たな部材が加わることで、木造建築物の設計の自由度があがり、さらなる木材利用の促進が期待されます。木材利用(需要)が増えると、木材を供給するための伐採も進み、森林の若返りが図られます。つまり、木材利用の促進は、都市における炭素貯留量を増加させるだけでなく、森林によるCO2吸収量の拡大につながります。
引用元:経済産業省第6回産業構造審議会 グリーンイノベーションプロジェクト部会 産業構造転換分野ワーキンググループ 資料6「『食料・農林水産業のCO2等削減・吸収技術の開発』プロジェクトに関する研究開発・社会実装の方向性」p14を参考に作成
・海洋:
昨今は、海水温の上昇によって海藻の生育環境が悪化しています。藻場等の生態系が損なわれると、魚の生態系にも影響します。我が国では、水産資源の維持・増大に重要な役割を有する藻場の回復のため、各地で様々な取り組みが進められてきましたが、なかなか藻場の衰退に歯止めがかからない状況です。一方、藻場は、CO2の吸収源にもなっています。吸収されたCO2は、ブルーカーボンとして海洋中に貯留されていきます。しかし、藻場そのものが減ってしまうと、吸収されるCO2の量も減ってしまいます。藻場の回復は、魚の生態系回復のためにも、ブルーカーボン拡大のためにも重要なのです。
そこで、効果的に藻場を回復させるための方策として、海藻を効率的に生育するための基盤ブロックの開発や、周辺海域に海藻を効率的に移植させるといった「海藻育成システム」の構築を進めていこうとしています。これを海藻バンクとも呼びますが、全国の漁港で使えるような技術開発を目指しています。
引用元:経済産業省第6回産業構造審議会 グリーンイノベーションプロジェクト部会 産業構造転換分野ワーキンググループ 資料6「『食料・農林水産業のCO2等削減・吸収技術の開発』プロジェクトに関する研究開発・社会実装の方向性」p21を参考に作成

将来的な広がり

それぞれの技術が実用化された際には、私たちの暮らしとどう関わってくるのでしょうか。

・農地における高機能バイオ炭の活用:
農作物の収量性を高める効果を持つ高機能バイオ炭が開発され、多くの農地で使われることで、バイオ炭による土壌炭素貯留量を増やすことができるほか、化学肥料の使用量低減にもつながります。
・森林資源の循環利用に向けた等方性大断面部材の活用:
木材を利用した空間にはリラックス効果があると言われており、学校やオフィスなどで木造の建築物が身近に増えてくることが見込まれます。また、「伐って、使って、植える」という森林資源の循環利用が加速されることで、将来にわたって木材の安定供給が確立されます。さらに、森林が適切に整備・管理されることを通じて、土砂災害防止、水源涵養、生物多様性保全など、森林の持つ公益的機能が十分に発揮されることが期待されます。
・海洋のブルーカーボン拡大に向けた海藻バンク整備:
藻場の回復は、CO2吸収量を増やすだけではなく、水産生物の産卵場や生育場としても有効なものです。藻場が増えることで水産資源が増大し、漁獲量の回復・拡大にもつながると見込まれています。全国の藻場再生が進むことは、私たちの食卓にのぼる魚の安定確保にもつながります。

農地・森林・海洋の回復・発展は、全世界に共通する課題です。高機能バイオ炭、等方性大断面部材、海藻バンク整備は、将来の成長産業としても期待できます。すでに要素技術は見えてきています。ここから各事業者が選択しやすいような性能やコスト水準に発展させ、実用化への道筋をつけていきます。
最終更新日 2024/02/07