グリーンイノベーション基金事業で実用化への道筋を目指す農林水産業を通じたCO2の吸収、炭素の貯留拡大につながる技術開発とは

農林水産業を通じたCO2の吸収、炭素の貯留拡大につながる技術開発とは

記事「農地・森林・海洋を通じたカーボンニュートラルの推進 CO2吸収源、炭素貯留機能のさらなる発揮」では、農地・森林・海洋におけるCO2吸収、炭素の貯留量の拡大方法について紹介してきました。そのためにグリーンイノベーション基金事業において取り組む研究開発について、どのような技術的課題があり、今後の展望はどうなのか。プロジェクトを推進する方々にお話を伺いました。

「みどりの食料システム戦略」に基づく、大気中のCO2削減を促進する技術開発

――農林水産業におけるCO2等の排出状況と、グリーンイノベーション基金事業で取り組む内容について教えてください

森 幸子氏(以下、森氏):我が国の温室効果ガス排出量のうち、農林水産分野が占める割合は4%ほどで、燃料燃焼や稲作、畜産等によってCO2やメタン、一酸化二窒素が発生しています。一方、農地、森林、海洋には、炭素を長期かつ大量に貯留する性質があり、カーボンニュートラルへの貢献が期待されています。 農林水産省では、2021 年5月に食料・農林水産業の生産力向上と持続性の両立をイノベーションで実現させるための新たな政策方針として、「みどりの食料システム戦略」を策定しました。農地及び森林等が吸収・固定する温室効果ガスは、年間4,760万トン(二酸化炭素換算)(2021 年度)にも達することから、本戦略では、食料・農林水産分野における 2050 年カーボンニュートラルの実現に向け、これらの吸収源対策を一層強化するための革新的な技術開発及びその実用化を加速していくこととしています。
農作物や樹木などの植物や海藻などの藻類は光合成によってCO2を吸収し、体内に炭素を固定します。この固定量を増加させるとともに、一度固定した炭素をCO2として大気中に再放出しないようにする技術開発によって、効率的に、より多くのCO2を吸収、炭素として貯留し、大気へのCO2排出量削減ならびに大気中のCO2除去に貢献しようというのがグリーンイノベーション基金事業で取り組む「食料・農林水産業のCO2等削減・吸収技術の開発」プロジェクトの方向性です。
今回、本プロジェクトでは、ネガティブエミッション(大気中のCO2を除去する)への貢献度が高く、かつ将来の成長産業の創出につながるインパクトの大きい課題として、農地や森林、海洋生態系などの吸収源対策を対象として、これまでの発想や技術的な限界を打ち破るような研究開発に取り組んでいます。

――どのような研究開発に取り組んでいるのでしょうか

森氏:農地については、土壌の炭素貯留に寄与するバイオ炭に、土壌中の養分を肥料成分として作物に供給する、作物の健全な生育を助長するなどといった微生物機能を付与して、農作物の収量を向上させる新しいバイオ炭資材(高機能バイオ炭)の開発に取り組んでいます。肥料と同様に利用できる高機能バイオ炭ができれば、広く農業者が活用できるようになると想定しています。森林では、木材利用を進めて都市での炭素貯留量を増やすために、いずれの方向にも同じ強度がある等方性大断面部材という新たな木質部材を開発し、高層建築物等の木造化を推進します。木材需要の拡大は、人工林の若返りにも貢献します。そして海洋では、炭素貯留機能の維持拡大につながる、藻場の回復を目指します。水産資源の保全、漁業経営の安定化にもつながる技術開発です。

引用元:経済産業省第6回産業構造審議会 グリーンイノベーションプロジェクト部会 産業構造転換分野ワーキンググループ 資料6「『食料・農林水産業のCO2等削減・吸収技術の開発』プロジェクトに関する研究開発・社会実装の方向性」p5を参考に作成

農地における炭素貯留の促進に向けた技術開発

――それぞれのテーマについて、詳しく教えてください。まず、高機能バイオ炭の開発のポイントは何でしょうか

大石 晃氏(以下、大石氏):バイオ炭自体はすでに土壌改良資材として農業現場で長年利用されてきました。現在利用されているバイオ炭は、土壌の透水性、保水性、通気性の改善などの土壌改良効果はあるものの、基本的に肥料としての効果はありません。これに対して、微生物を活用して肥料成分の供給や農作物の生育促進を助けるといった機能を付与した高機能バイオ炭を開発し、農作物の収量向上につなげようとしています。肥料と同様に利用できる高機能バイオ炭を開発することで、農業者が利用するメリットを感じられ、より多くの農地で使われることになれば、結果的にCO2の削減につながります。さらに高機能バイオ炭の普及拡大を図るため、高機能バイオ炭などを使って育てた農作物が、どれくらい環境保全に貢献したかをわかりやすく示す仕組みを作ることで、農作物に「価値」をつけて販売できるようにすることも目指しています。

――技術的にはどのような課題があるのですか

大石氏:自然界には様々な有用微生物が存在しますが、肥料としての資材化のためには、大量培養が可能で、バイオ炭と一緒にしても機能を失わないものを選ぶ必要があります。また、多くの微生物はそれぞれ活動できる環境が限定されており、条件の合う農地でしか活動できないといった問題もあります。
そこで、大量培養が可能で、かつバイオ炭に定着可能な有用微生物を広く探索するとともに、様々な農作物や各地の土の種類に応じた実証試験を全国的に行い、それらの結果に基づいた栽培技術を確立する必要があります。

――どのように取り組んでいくのでしょうか

大石氏:まず、水稲や野菜類を対象に、肥料成分の供給や生育促進等を助ける有用微生物を特定し、それら微生物の固定・培養法を確立します。その後、バイオ炭との混合方法を構築し、農地で実際に施用しながら、肥料供給効果や農作物の生育促進効果等を確認・実証していくという計画です。
実用化するためには、大規模な微生物の培養や、バイオ炭を効率的に製造する技術も必要です。微生物資材製造プラント、バイオ炭製造プラント、微生物資材とバイオ炭との混合機を試作・開発し、高機能バイオ炭の製造技術を確立していく予定です。
この高機能バイオ炭を利用することで、概ね2割ほどの農作物の収量向上を実現し、農地1ha当たり年間3トン程度のCO2を持続的に農地に貯留することができる技術を確立することを目指しています。

木材利用の促進により森林のCO2吸収量拡大を目指す

――森林関連では高層建築物等の木造化に向けて等方性大断面部材の開発を進めていくとのことですが、何がポイントなのでしょうか

大石氏:国産材の利用が促進されるように、高層建築物でも使われるような特徴を持つ、新たな建築部材の開発に取り組みます。このため、スギなどの国産材を原料として、従来の部材にはない、いずれの方向からの荷重にも強い性能を持つ等方性大断面部材を新たに開発し、これを歩留まりが高く効率的に製造する技術を開発します。 木材は、コンクリートや鉄骨と比べると、軽量で加工がしやすいことに加え、製造時のCO2排出量がとても少ないという特徴があります。また、木造建築物には、居住性、意匠性、環境優位性など多数の利点があります。一方で、木材は繊維方向とその直交方向で強度が異なるため、そのことを考慮に入れて建築物を設計する必要があります。 そこで、新しい発想で単板を貼り合わせることで、従来の木質部材にはない、いずれの方向からの荷重にも強い性能(等方性)を持つ、面積の大きな合板(大断面部材)を、効率的に製造する技術の開発を進めています。新たに開発される等方性大断面部材と既存の部材を適材適所で使用することで、建築物の設計や意匠の自由度拡大を図れるようになります。そうした工夫によって、高層建築物などの木造化を目指すものです。
建築物を従来の鉄筋コンクリート造や鉄骨造に代わり木造にすることは、建物を建てるときの工期の短縮や躯体の軽量化につながるだけでなく、代替効果によるCO2排出量の削減が期待されます。建築物で木材が多く利用されるようになれば、都市における炭素貯留量を増やすことができます。国産材の需要拡大は、人工林の「伐って、使って、植える」という循環利用の確立を進めることになり、森林の若返りによるCO2吸収量の増加にもつながります。

――実現に向けた道筋はいかがでしょうか

大石氏:木製の建築部材をたくさん使ってもらうには、既存の鉄筋コンクリート等と比較しても遜色ないコスト条件である必要があります。そのためには、たとえば、木質部材の原料となる丸太(原木)をなるべく無駄なく使う、つまり原木の歩留まりを高めることが必要です。丸太から直接切り出した従来の製材品は、どうしても丸太の中で利用できない部分が残ってしまいます。これに対して、合板の仲間である等方性大断面部材は、丸太を”かつら剥き”にした薄い単板(ベニヤ)を貼り合わせて作られるため、原木の歩留まりを高めることができます。また、等方性大断面部材の開発では、従来よりも厚い単板を使用したり、厚さの異なる単板を貼り合わせたりするなどの工夫をすることで、等方性の実現を目指しています。その製造プロセスにおいて、できるだけ厚く”かつら剥き”するための設備の改良や操作条件の開発を行うなど、各要素技術の効率化をはかります。さらに、製造プロセス全体としてコストを下げられるように、製材やカット、プレスといった加工作業を連続した製造ライン上でできるような手法構築を計画しています。

――建築資材として使うには、性能評価なども求められますね

大石氏:日本農林規格(JAS)や建築基準法に基づく告示に規定することが、実用化のためには必須です。このため、実物大における強度性能評価や、長期載荷試験、防腐性・耐火性の評価などを行っていきます。製造方法が確立されてきたら、設計に必要なデータ集を収録した設計者・施工者向けの普及マニュアルの作成なども進めていく計画です。

海洋におけるブルーカーボン拡大の取り組み

――海洋における藻場の整備については、どのような取り組みが進んでいるのでしょうか

大石氏:海洋でCO2を吸収する役割としても、また豊富な水産資源を支えていくためにも、藻場回復の重要性は以前から言われてきました。各地で取り組みも進められてきましたが、海水温上昇の影響や魚類による海藻の食害等の速度が速く、藻場の衰退に歯止めがかかりません。そこでグリーンイノベーション基金事業では、台風による被害や、他の生物に食べられてしまうようなことの少ない漁港において、母藻を効率的に生育させ、そこから周辺海域に海藻を効率的に移植する「海藻育成システム」の構築を考えています。海藻の成長を促進できるような基盤ブロック(コンクリートを素材とするブロックで、海藻が生育しやすいよう、栄養分の添加や着床するための隙間等があるもの)の開発と、海藻カートリッジという装置で海藻を効率的に周辺海域に移植できるような技術開発を進めているところです。

――どのような技術開発を進めているのでしょうか

大石氏:基盤ブロックに栄養塩等の溶出機能を持たせることにより海藻の成長を促進することができます。そこで、まず、海藻の成長の促進に効果が高いアミノ酸等の栄養塩の種類について特定を行います。一方、コンクリートは、アミノ酸等の栄養塩を混合することにより、その強度が低下してしまうため、構造物として必要な強度を満足しつつ、海藻の成長の促進に効果が高い配合割合についての検討を進めています。これまでも開発の試みは行われていましたが、現時点では配合できるアミノ酸は1種で、微細藻類向けの製品開発1つに留まっています。大型海藻類に適した製品開発に向けて、より適切な材料や配合の研究が必要です。また、生育・移植に使うブロックやカートリッジについて、海藻が着底・生育しやすい構造にすることも重要です。機能性と耐久性を両立させる必要があるところに、技術的な困難性があります。

――今後の計画についてお聞かせください

大石氏:日本の周辺海域は、様々な暖流と寒流が流れ、海域環境が地域により大きく異なり、そこに生育する海藻種も異なっています。内海、外海等による海域環境の違いに着目し、まず、全国5か所を選定して各海域環境で開発する基盤ブロック及びカートリッジの試作品の性能を確認し、2025年度以降に実証開始を予定しています。候補地として、北海道沿岸、本州日本海側、本州北部太平洋側、本州南部・四国・九州太平洋側、九州東シナ海側から各1か所を想定しています。実証結果を踏まえ、2028年度以降さらに5か所を追加し実証を進めていく計画を立てています。

期待される効果とこれからの展望

――今回の3つの研究開発内容が実用化された暁には、どのような効果が見込まれるでしょうか

森氏:次のような計算から、2030年には合計で53万トン/年のCO2削減に寄与すると算定しています。まず、バイオ炭による農地炭素貯留に関しては約3,000トン/年(2021年。2023年度日本国温室効果インベントリ報告書による)のCO2吸収量となりますが、2030年には50万トン/年程度(2018年のバイオ炭によるCO2吸収量5,000トンの100倍として算出)に増加すると見込んでいます。等方性大断面部材の開発については、使われる部材量を算出し、それに相当する面積の人工林の若返りを計算しました。延べ床面積5万m2に開発した部材が活用されたと仮定すると、国産材3万m3(丸太換算)が使用され、その結果、森林吸収量が潜在的に2.5万トン/年回復するとともに、床材等に累計8,000トンのCO2が貯留されると推計されます。また海洋の海藻育成システムを通じては10年以内に実証を行う想定であり、そこでの藻場造成によるCO2固定量を、年間約290トンと見込んでいます。これは、実証海域で造成される藻場面積を67.5haと想定し、我が国周辺藻場の単位面積当たりCO2吸収量を試算値である4.3CO2/ha/年で計算した時の数字です。こうした取り組みがさらに拡大する中で、2050年には4,661万トン/年の削減効果を見込んでいます。

――経済波及効果はいかがでしょうか

森氏:2030年時点で、バイオ炭については製造のためのプラントの建設費、輸送や農地施用等による経済効果として、510億円/年の効果を推計しています。等方性大断面部材は新規に国内販売を広げていく前提で、16.5億円/年の経済波及効果を見込んでいます。あわせて再造林面積の拡大に向けて、林業従事者の雇用拡大、苗木販売量の増大等を累計すると2.4億円相当となります。さらに海藻バンク整備技術の開発については、5漁港程度で先行して整備が行われることを見込み、海藻育成システムの製造販売効果を推計しました。約15億円/年と想定しています。これらを合計すると、年間544億円の経済波及効果を期待することができます。

――これからの展望を教えてください

森氏:実際に実用化を進めるうえでは、技術開発のみならず、基準の標準化や関連する制度整備も重要です。たとえば、農地へのバイオ炭施用による土壌炭素貯留は、2020年に、温室効果ガスの排出削減量や吸収量を国がクレジットとして認証するJ-クレジット制度の対象に追加されました。温室効果ガス削減の取組をさらに推進するため、高機能バイオ炭を農地施用した際のJ-クレジット方法論の拡充や、海外のカーボンクレジット市場の動向調査を進めます。また、バイオ炭の標準化戦略などを話し合うためのプラットフォームを設置し、研究開発と新たな規格の制定に向けた活動を行う予定です。木材の新たな部材、等方性大断面部材の場合は、JAS規格に向けた性能評価や建築基準法関連告示等に向けた標準化の取り組みを検討しています。海洋では国境を越えて海水温上昇という問題が発生していますので、藻場回復の成功事例を早く作り、それを世界に事業展開して水産資源の維持・回復につなげたいと考えています。
農地・森林・海洋におけるCO2吸収、炭素の固定・貯留の拡大は、カーボンニュートラル実現に向けた重要な役割を担います。またそれは、私たちの暮らしを支える豊かな自然資源の維持・拡大とも重なります。利用促進する仕組みも検討しながら、早期の実用化に向けた技術開発に邁進していきます。

最終更新日 2024/02/09