微生物の働きを活用した「バイオものづくり」とはCO2を原料に、ものづくりができる!

CO2を原料に、ものづくりができる!

私たちの周りにある様々な製品の原料には、化石資源が多く使われています。ほとんどのペットボトルやプラスチックケース、化学繊維を使った衣服やゴム製品などは、石油等の化石資源から作られています。しかし、化石資源中の炭素は、燃焼するとCO2として排出されてしまいます。ものづくりの原料においても、カーボンニュートラル実現に向けて抜本的な変革が求められているのです。
化石資源に代わる原料として、再生可能であるバイオマス(植物の光合成によって作られる糖や油等)の活用が注目されています。バイオマス中の炭素はもともと大気中のCO2由来なので、最終的に燃やしてCO2が放出されても大気中のCO2は増加しません。
今、よりサステイナブルなものづくりの方法として、バイオマスを原料(微生物の栄養源)とし、微生物の働きによってものづくり(物質生産)を行う「バイオものづくり」に大きな期待が寄せられています。どのような変革につながる技術なのか、ここでは見ていきます。

産業としての「バイオものづくり」

私たちの身近にある発酵食品も、「バイオものづくり」の一例です。微生物のはたらきによって、味噌や醤油など、私たちの生活に必要な製品が生み出されています。

もともと微生物は、生育するために外部から何らかの栄養源(成分)を取り入れ、栄養源を体内で変換させて必要な物質を体内で作りだしています。微生物に、人間にとって有用な物質を生産させることを「バイオものづくり」といいます。つまり、欲しい物質を生み出してくれる微生物を特定し、その微生物を培養し、体内で変換された物質を取り出す工程を経て、ものづくりを行います。

商用化するには、自然界における微生物の働きがそのまま使えるわけではありません。欲しい物質が生成されるようにすること、欲しい量が十分に得られることなどの条件を満たしてはじめて、産業としての「ものづくり」に使えるようになります。

微生物を使った「バイオものづくり」を支える技術

私たちの生活に身近な味噌や醤油、パンといった食品以外にも、石油を原料とした化学プロセスで生産されている化成品や燃料など、様々なものを「バイオものづくり」で代替しようとする動きが広がっています。

ここで、微生物を使ったものづくりを商用化するための技術領域を押さえておきましょう。

1つめは、微生物を改変する技術です。DNAの連なりであるゲノムのうち、「どのような物質を、どのような手順で、何に変えていくか」という微生物のはたらき(代謝経路)を決めるのが遺伝子です。代謝経路を改変するために遺伝子を書き換える方法として、2020年にノーベル化学賞を受賞したゲノム編集という技術を利用します。例えば、「より早い手順で物質を生み出せるように」、「より性能の良い物質に変換されるように」といった狙いをもって、微生物を改変することができます。

もう1つは、微生物改変の速度や精度をあげていく技術です。目的とする物質を効率的に生み出せるように改変した微生物のことを、スマートセルと呼びます。このスマートセルをどれだけ早く、効率的に作れるかどうかが競争力にも直結します。

実際にスマートセルを作るには、まず大量のデータからIT・AI技術を活用して代謝経路を分析し、目的とする物質が生み出されるようにゲノムをデザインします(Design)。そして、そのデザインにあわせてDNA合成・ゲノム編集し(Build)、目的とする物資が狙い通りに作れたかどうかを評価します(Test)。評価結果を新たなデータとしてさらに生成ノウハウを学習(Learn)で深め、より改善されたデザイン(Design)につなげていくこの「DBTL(Design-Build-Test-Learn)サイクル」を何度も何度も繰り返すことで最適化されたスマートセルを生産していきます。IT・AI技術を使うと、この「DBTLサイクル」の精度や速度を高めることができます。たとえば、ゲノムデザインに必要な情報をビッグデータ解析によって得たり、AIを活用した学習を進めたりすることで、各工程が格段に進化してきています。

このようにして作られたスマートセルを用いて、実際にものづくりに向けた実用化を進めていくには、スマートセルを大量に「培養」し、培養された微生物から必要な物質を取り出す「分離・精製」工程が必要となります。化石資源由来のプロセスの場合、化学的に物質を合成するため、プロトタイプの創出に要した原材料等から、最終製品を作るのに必要な原材料等を算出し、商用のプラントへスケールアップすることが可能です。一方で、微生物を用いる場合、プロトタイプの生産に要した原材料を単に比率を上げてスケールアップができるわけではありません。プラント内の水圧の影響で微生物が不活性化したり、撹拌(かくはん/かき混ぜること)が難しくなることで微生物の成育や物質生産が不安定化したりするなど、培養規模が大きくなると、微生物の生育・物質生産にとって様々な課題が生じます。段階的に、少しずつスケールアップし、商用スケールでの生産に適した培養条件を確認していくことが必要となります。また、培養する微生物の種類や生産する物質の種類・サイズが変化するたびに、分離・精製技術の最適化開発も求められるなど、「バイオものづくり」では開発すべき技術要素が数多く存在しています。

引用元:経済産業省第14回産業構造審議会 経済産業政策新機軸部会 資料5「バイオものづくり革命の実現について」p13を参考に作成

CO2を原料にした「バイオものづくり」

バイオマス原料を用いた「バイオものづくり」は一部で実用化されています。しかし、市場が拡大すればするほど、より多くのバイオマス原料を調達する必要が出てきます。バイオマス原料には食用にも使える植物だけではなく、茎や葉などの食用以外の部分、食品廃棄物や木くずなど幅広く含まれますが、それを安定的に調達するルートはまだ確立されていません。輸入という選択肢もありますが、すでに海外のバイオマス原料は取り合いになっている上に、調達の手間やコストもかかります。

「バイオものづくり」では、バイオマス以外のものを原料にはできないのか、CO2を直接原料にしてものづくりができないものか、という検討がされてきました。
実は、微生物のなかには、CO2を取り込む性質のものが存在します。原料となるCO2は、国内の発電所や工場から排出されるものを活用すれば、カーボンリサイクルをしながら物質生産もできる、“一石二鳥”のものづくりとなります。

CO2を取り込む性質をもった微生物はもともと自然界に存在しています。いくつか例をご紹介します。

  • 水素酸化細菌
    水素とCO2を自らの体内に取り込み、酸素が存在する条件の下でそれを反応させて物質を作りだす微生物。
  • 微細藻類
    藻の一種で、光合成をする微生物。CO2を取り込み、太陽光のもとで光合成を行い、CO2を原料として別の物質を生み出す。
  • CO資化菌
    CO(一酸化炭素)を栄養源として利用する微生物。COは、CO2に水素を反応させること(水素とCO2に含まれる酸素が反応して還元が起きる)や、バイオマスの加熱分解によって生成することができる。

微生物は、その生育に炭素(C)が不可欠です。多くの微生物は糖などから炭素(C)を取り込みますが、これらの微生物はCO2から炭素(C)を取り込むことができます。そのため、化石資源から物質を生産をする過程で発生するCO2や、プラスチックなどを燃やすことで発生するCO2の炭素(C)を利用して、物質生産することができるのです。

グリーンイノベーション基金事業では、「バイオものづくり技術によるCO2を直接原料としたカーボンリサイクルの推進」プロジェクトに取り組んでおり、私たちにとって有益な物質を選択的に大量生産するために微生物を改変したり、この微生物を大量培養したりする方法について研究開発を進めています。商用化するには、目的物質を安定した量で、低コストに供給できることも求められます。開発期間の短縮化につながるノウハウ集積や、効率的な製造技術開発も進めながら、CO2を原料とする微生物を「バイオものづくり」に活用できるよう取り組んでいるところです。

引用元:経済産業省第14回産業構造審議会 経済産業政策新機軸部会 資料5「バイオものづくり革命の実現について」p16を参考に作成

広がる市場と発展する産業構造

地球上の生物が生み出す物質が最大限活用され、かつ、生物が形成している生態系への負荷が最小化された社会システムを、「バイオエコノミー」と呼びます。医療や農業、食品等の領域でバイオテクノロジーの活用が進んでいますが、「バイオものづくり」もこのバイオエコノミーの一部に含まれます。

OECD(経済協力開発機構)米国シンクタンク実施した試算よると、バイオエコノミー世界市場は、2030年には200兆円成長する予測で、2040年は、高位予測ケースでは400兆円達するとの予測出てます*1

引用元:経済産業省第14回産業構造審議会 経済産業政策新機軸部会 資料5「バイオものづくり革命の実現について」p10を参考に作成

バイオものづくりを産業の面から見てみると、様々なプレイヤーが育っていくと考えられます。バイオ技術を持っている企業は一社でやりきれる企業もあると思いますが、鍵となるスマートセルの設計・開発を行う企業、最適化されたスマートセルを使って目的となる物質を生産する企業、「バイオものづくり」で生産された物質を加工して付加価値を付けて製品化する企業など、いくつかのプレイヤーで分業体制が組まれていく可能性もあります。

この産業構造は半導体産業に似ているとも言われます。半導体産業では、工程ごとに特化した企業が存在していて、ファブレスメーカーと言われる企業が回路設計を担い、ファウンドリーと言われる受託生産工場で組み立てがなされ、最終商品であるスマートフォンや自動車などのメーカーで使われていきます。

「バイオものづくり」の分野でもそれぞれの工程で必要とされる技術が異なることから、グリーンイノベーション基金事業ではこうした水平分業の産業構造も念頭に置きながら、開発段階の企業が活用できる微生物設計プラットフォームと、製造段階の企業が活用できる製造技術とを並行して取り組んでいます。

カーボンニュートラルの実現は私たちの命題です。そしてバイオエコノミーの構築はカーボンニュートラルを実現するための鍵となるソリューションの一つです。微生物を活用したものづくり、CO2を原料としたものづくりの実用化が進んでいくことを目指します。グリーンイノベーション基金事業では、CO2を原料とした微生物による「バイオものづくり」の実用化によって、カーボンニュートラル時代の成長産業を確立していきたいと考えています。

引用元:経済産業省第14回産業構造審議会 経済産業政策新機軸部会 資料5「バイオものづくり革命の実現について」p22を参考に作成
最終更新日 2024/01/05