デジタル化
一方、デジタル化・DXの普及により、電気機器やデジタルインフラに必要とされる電力の増加が懸念されています。それに対して、高効率で省エネ性能が高い電気機器やデジタルインフラの開発や、画像センサなどを活用した革新的な情報処理方法の構築が大きく寄与すると見込まれています。デジタル化・DXによる社会的な利益享受と、カーボンニュートラル実現との両立に向けて、これらに必要とされる技術開発についてご紹介します。
進むデジタル化・DXと生じる課題
デジタル化による人口知能(AI)活用やDXは、私たちの社会生活を変革してきました。たとえば、工場における検査の自動化、物流倉庫の自動化などの産業面での利用のほか、身近なものでは、お掃除ロボット、電気自動車/安全運転支援などでも利用されています。一方、AI機械学習等のデータ処理には、大量の電力を消費します。加速するデジタル化・DXを支えつつ、電力を抑制するために、電気機器やデジタルインフラの大幅な省エネ化・高効率化が必要となります。
現在、自動車や産業機器、電力・鉄道、家電など、生活に関わる多くの電気機器にはモーターが使われています。世界の用途別電力需要のうち、約半分がモーターによるものとされており、電気機器の省エネ化・効率化に向けて、たとえば、これらモーターの動作効率を1%改善するだけで、大幅な省電力効果が期待できます。
また、
電気機器を支えるパワー半導体の高効率化・省エネ化
電気機器の省エネ化・高効率化について、もう少し詳しく見ていきましょう。自動車や産業機器、電力・鉄道、家電など、電気機器にモーターが使われていることは先ほど述べたとおりですが、その電力制御はパワー半導体が担っています。 パワー半導体によって、電圧や周波数を自在に変換することが可能となり、このパワー半導体の性能改善こそ電気機器の省エネ化・高効率化の鍵となります。
パワー半導体を省エネ化・高効率化したものを、次世代パワー半導体と呼んでいます。材料の改良等により、省エネ化・高効率化の大幅改善を実現しつつあるものです。しかし、今の材料や製造方法だとコストが高くなってしまったり、量産技術が確立されていなかったりして、広く市場で使えるような状況にはなっていません。また、性能としてまだ改善できる面もあります。そこで、次のような課題を解決し、幅広い用途に活用できるようにしていくことが必要とされています。
- 1. 材料面の課題
- 従来、パワー半導体にはシリコン(Si)が素材として用いられてきました。シリコンカーバイド(SiC)や、窒化ガリウム(GaN)といった化合物はシリコンよりも電力変換の効率が格段に高いことがわかっています。他方で、シリコンカーバイド等の化合物は、シリコンと比較して、高コストとなっているため、こうした電力変換効率が高い素材を、いかに低コストで活用できるようにするかが課題となっています。
- 2. 性能面の課題
- 現在の次世代パワー半導体に使用している材料は、その内部にどうしても電流の流れを阻害するような原子の並びの乱れを抱えています。それを可能な限り低減するための製造技術の開発が必要となっています。また、従来のシリコンを使ったパワー半導体では電流の流れに対する抵抗要素が一定程度残り、動作時の電力の損失が出ています。これを極力少なくした性能の高い次世代パワー半導体デバイスの開発も必要となっています。
データ量拡大を見越したデータセンターの省エネ化・高効率化
データセンターの省エネ化や高効率化の取り組みについても、詳しく見ていきます。データセンターは、サーバやネットワーク機器が設置され、大容量電源や高速ネットワーク回線も整備された施設です。サーバを構成する多くの要素デバイスはデータ処理等の際に多くの電力を使います。また、サーバや機器を安定的に運用するためには冷却設備や空調管理等も必要で、そのための電力消費も相当量なものとなります。
サーバなどの省エネ化に向けた手段のひとつが光電融合技術の活用です。光電融合デバイスとは、光信号を扱う回路(光デバイス)と電気信号を扱う回路(電気デバイス)を融合するためのデバイスで、光は電気に比べてエネルギー消費が小さいことから大幅な省エネ化に寄与することが期待されています。ただし、実用化に向けては次のような課題を解決する必要があります。
- 1. 光電融合技術の開発
- CPUとメモリ間や回路ボード同士など、サーバ内の通信を電気から光に置き換えるための技術開発が必要です。具体的には電気信号を光信号に置き換える光電融合デバイス、光信号を低損失に伝える配線、及びボード間光接続デバイス等が関わります。
- 2. CPU等半導体デバイスの高性能化・省エネ化技術の開発
- データセンターでは、建物や空調に比べて、サーバを構成するCPUやメモリ等の半導体デバイスが消費電力の大きな割合を占めます。これらの半導体デバイスの微細化、回路設計技術の高度化をしていくことが、電力効率の向上に必要です。さらにサーバに光電融合技術を適用するための技術開発も関わります。
- 3. システムを動的に構成変更するソフトウェア技術の開発
- データ処理の要求に応じて、サーバのリソース構成を動的に変更するソフトウェア技術の開発が、効率化に関わります。これをディスアグリゲーション技術の研究開発と言います。上記1、2で開発された要素デバイスを接続したシステム実証を実施しながら、システム全体の効率性を検証していく必要があります。
グリーンとデジタルの両立に欠かせないIoTセンシングプラットフォーム構築
デジタル化・DXの進展で、ヒト・モノ・カネの流れが最適化されると見込まれており、その結果、エネルギーの効率的な利用やカーボンニュートラルが進んでいくでしょう。これを「グリーン by デジタル」と称しています。一方、デジタル化によるデータ量の増大は、消費電力量を増大させるため、省エネでデジタルを推進すること、すなわち「グリーン of デジタル」を進めることが、DXとGX(グリーントランスフォーメーション)の同時達成には欠かせません。
現在は、各機器(エッジ端末)から多量のデータがネットワークを介してクラウドに送信されています(クラウドコンピューティング)。しかしこのままいくと、データ量が増えるほどネットワーク負荷が増え、クラウド上でのデータ処理がオーバーフローしかねません。
そこで考えられるのが、エッジ側でのデータ処理を増やし、ネットワークやクラウドへの負荷を減らす方法です(エッジサーバコンピューティング)。ここで、単にデータ処理の場所がクラウドからエッジサーバに変わっただけでは、全体としてのネットワーク負荷はあまり変わりません。
これを解消するために、各エッジ端末からクラウドに送信するデータ通信量自体を大幅に削減することが重要です(エンドポイントコンピューティング)。AI技術等を用いてエッジ側で用途に合わせたデータ処理を行うことでクラウドに送信するデータ量を最小限にすることができシステム全体を効率化することができます。しかし、そのようなエッジ端末をデバイスメーカーやユーザーが個々に一から開発することは効率が悪いため、誰もが容易に使える開発環境(IoTセンシングプラットフォーム)を構築することも重要です。
次世代デジタルインフラ構築に向けて
電気機器の効率化を支えるパワー半導体分野や、データセンターの省エネ化・高性能化を支える光電融合デバイスなどの分野では、世界各国での投資や研究開発競争が激化しています。半導体は経済安全保障の観点からも重要で、アメリカ、中国、ヨーロッパ、韓国といった国々では大々的な半導体支援策を進めている状況であり、日本においてもこうした分野の支援策を積極的に進めているところです。
一方、IoT センシングに関しては、日本が強みを持つ技術領域です。IoT センシングプラットフォームを構築して多様な企業の参画が進んでいくと、ネットワーク全体の消費電力量を大幅に削減できるとともに、プラットフォームの価値や競争力も高めることができます。
情報通信産業全体として、省エネ化やグリーン化をいかにスピーディに達成していけるかが、日本の競争力にも影響してきます。今回のグリーンイノベーション基金事業では、そのための鍵となるパワー半導体の進化やデータセンターの省エネ化、IoT センシングプラットフォームの構築を推し進め、次世代型のデジタル産業基盤を早急に整え、各産業の成長や社会の発展に貢献していきます。
- *1 デジタル化:会社内の特定の工程における効率化のためにデジタルツールを導入する「デジタイゼーション」ならびに、自社内だけでなく外部環境やビジネス戦略も含めたプロセス全体をデジタル化する「デジタライゼーション」が含まれる。
DX:企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズをもとに、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立することを指す。 - *2 インターネット用のサーバやデータ通信、固定・携帯・IP電話などの装置を設置・運用することに特化した建物の総称(特定非営利活動法人日本データセンター協会の定義)。