人口減が進む日本社会において、自動車での移動や輸送における困難が生じ始めています。人手不足により運送計画が立てられなくなったり、公共交通機関を廃止せざるを得なくなったりする事例が起きています。また、交通事故を防止するような技術は、以前から待望されていました。自動運転システムの発達は、そうした課題の解決に向けて大いに期待されています。
自動運転というのは、自動車が走行している環境の情報を読み込み、その環境に対してどのように対応するかを処理するというコンピューティング技術によって成り立っています。つまり、自動運転システムで動く車が増えるほど、必要な情報処理量が増加していきます。自動運転システムがより一般化していく10年、20年先には、さらに情報処理量が増えていくでしょう。実際にどのような情報処理が生じ、どのような課題が想定されるのかを、ここではご紹介します。
自動車産業を取り巻く変化とカーボンニュートラル実現への課題
自動車産業は、日本の経済・雇用を支える基幹産業として発展してきました。ところが今、自動車産業は100年に一度と言われる大きな構造変化に直面しています。
自動車産業の直面している大きな変化の1つ目は、カーボンニュートラルへの対応です。従来の石油から精製されるガソリンを主な燃料としてきた内燃機関車は、走行時にCO2が発生し、排出されるCO2は、国内でも世界でも総排出量の約16%を占めているほどで、自動車から排出されるCO2の削減が2050年のカーボンニュートラル実現に向けて大きな課題となっています。
CO2
もう1つの直面している変化は、さまざまなものがデジタルでつながる社会の進展です。
近年、自動運転システムやコネクテッド技術というものが発達してきました。自動運転システムというのは人間が行っていた認知・判断・操作をシステムが代替するもので、コネクテッド技術というのは、通信によって自動車と外部を接続する技術です。こうした技術と電動化を組み合わせた「電動・自動走行車」が今後の社会を支えるモビリティになっていく見込みです。
今後、社会は次のような方向に変わっていくと想定されます。
- 人の移動の変革 一人ひとりの移動ニーズに対応して、複数の公共交通やそれ以外の移動サービスを最適に組み合わせて予約や決済等まで一括で行えるサービスをMaaS(マース/Mobility as a Service)と言います。このMaaSの実用化が進み、多様なモビリティとサービスの結合が進んでいく変化が想定されます。
- モビリティを支える新たな社会インフラの整備 電動・自動走行車を支えるために、従来とは異なるエネルギー供給網が必要となります。また、情報量が増える中で通信網の強化も必要でしょう。合わせて、新しい社会インフラを支えるルール作りなども進むと見込まれます。
そうした社会変化に対応していくために、自動車産業としてはさらなる技術開発が期待されています。
- 安全で快適な自動車作り 「交通事故ゼロ・渋滞ゼロ・移動弱者ゼロ(公共交通機関の維持が困難な地域で、自力での移動が制限されてしまうような人をなくす)」といった形で、自動車の安全性と利便性が大きく高まることに、技術を活用することが期待されます。
- 走行時に使うエネルギー量をできるだけ減らす たとえば交通渋滞が増えるほど運転時間が長くなりますが、自動運転システムの発達で交通渋滞がなくなれば、その分、使うエネルギー量を減らすことができると期待されています。
自動走行車を支える車載コンピューティング
電動車によるカーボンニュートラル実現への具体的な取り組みは、別途「次世代蓄電池・次世代モーターの開発」プロジェクトでも取り組みを進めています。ここでは、自動運転システムの進化に伴う「安全で快適な自動車作り」と「自動車のカーボンニュートラル」について、もう少し見ていきましょう。
自動運転システムが進化すると、次のようなことが可能になると言われています。
- 平常走行時の高度なエコドライブの実現(急加速や不必要なブレーキ操作の防止)
- 下り坂や上り坂の変化点や、トンネルに起因する渋滞の解消
- 事故の防止と、事故に起因する渋滞自体の解消
つまり、衝突の危険を回避したり、一定速度での運転を可能にしたりすることで、交通事故を起こすことがなくなり、交通渋滞も解消できるわけです。これを可能にしているのが、周りの環境をきちんと把握するための高度なセンサーやカメラ、その情報を取り込んで処理する通信機能やAI半導体、また自動車の操作を司るコントロール機能等です。
こうした処理をする自動運転ソフトウェアやセンサーシステムを総称して、車載コンピューティングと呼びます。この車載コンピューティングで自動車の挙動を制御しています。さらに、自動車で取得された情報は、ネットワークを通じてクラウドに接続します。たとえば自動走行するためには他の自動車との車間距離を把握、調整することが必要ですが、それは車両側での判断と、クラウド・ネットワークを通じた車両間での情報処理との両面で実現できるのです。
こうした情報処理が、常時滞りなく行われるためには、高度な情報処理を可能な限り車載コンピューティング側で処理できるような技術と、安定して遅滞なくつながるネットワーク、そして大量の情報を扱えるクラウドの整備が欠かせません。
自動走行車の拡大で電力消費量も増加する可能性
一方で留意しておきたいのは、こうした過程で使われるデータ量ならびに情報処理の量です。情報を検出する、認識する、相対的に位置を把握する等々で、それぞれ膨大なデータ処理が行われています。
特に画像認識や機械学習などは、膨大な計算を必要とします。その計算量が増えるということは、ネットワーク上を行き来する情報量(通信トラフィック)の増加につながり、それだけの情報量を支えるための回線数増加が必要となります。回線数が増えるほどそれを支える電力量が増えますので、情報量・情報処理量の増加は電力消費の増加をもたらすことになります。
自動走行車の増加に伴う電力消費の増加を抑制するために、ネットワークにかかる負荷を軽減させる技術開発に取り組む必要があります。同じ情報処理量でも、あらかじめ自動車の内部で相当程度処理しておくことによって、ネットワークへの負荷を下げることができます。グリーンイノベーション基金事業の「電動車等省エネ化のための車載コンピューティング・シミュレーション技術の開発」プロジェクトでは、この車載コンピューティングの省エネ化に向けた取り組みを進めています。
なお、
なお、自動車の駆動を支えるパワートレイン部分については、別途「次世代電池・次世代モーターの開発」プロジェクトが、電動車が増えることによるエネルギーマネジメントや最適運行管理等については、別途「スマートモビリティ社会の構築」プロジェクトで取り組みが並行して進んでいます。
モビリティ社会の進化に向けて車載コンピューティングの省エネ化を推進
自動運転の技術は、2030年代以降にもレベル4技術の本格的な実用化が進むと見込まれています。電動車の利活用に問題ない航続時間を確保するための徹底した車載コンピューティングの省エネ化技術が、カーボンニュートラル促進の観点からも、製品競争力の観点からも重要となります。
自動車に関連するグリーンイノベーション基金事業のプロジェクトは、他に「次世代電池・次世代モーターの開発」「スマートモビリティ社会の構築」が並行して進んでいます。電動化と自動走行技術によってより安全で快適な自動車が実現し、人の移動や物流システムが進化し、カーボンニュートラルも同時に実現されているような将来像を描きながら、早期の実用化に向けて取り組んでいきます。
- *1 電動車とは、電気自動車、燃料電池自動車、プラグインハイブリッド自動車、ハイブリッド自動車を含めた総称。電気自動車というのは動力源の100%が電気で、ハイブリッドというのはガソリンと電気の両方を動力源にしている。プラグインハイブリッドとはガソリンエンジンを積んでおり、かつ充電もできるタイプを指す。燃料電池自動車は水素をエネルギーに用いる場合を指す。
- *2 国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)グリーンイノベーション基金事業特設サイト「電動車等省エネ化のための車載コンピューティング・シミュレーション技術の開発」関連資料「研究開発・社会実装計画」p3