CO2の分離回収がなぜ必要で、どのような技術なのかについて、記事「CO2分離回収技術の進化で、カーボンニュートラル実現を目指す!」でご紹介してきました。政府が目標に掲げている2050年カーボンニュートラルを実現していくためには、CO2の排出を抑えるだけでなく、CO2を貯留または利用するための取り組みが必要だということが、世界的な認識として明らかになっています。ここで欠かせないのが、CO2分離回収の技術です。
グリーンイノベーション基金事業では、工場や発電所から排出される低圧・低濃度のCO2を分離回収する技術の開発や、そこで使う分離素材の性能評価の標準化を加速させるために複数の研究開発テーマに取り組んでいます。様々な場所でCO2を資源として活用していくうえでも、低コストでCO2を分離回収できる技術に期待が集まります。具体的な進捗や今後の展望について、プロジェクトを推進する方々にお話を伺いました。
CO2分離回収技術への期待
――カーボンニュートラルに向けた取り組みのなかで、CO2分離回収技術はどのような役割を担っているのでしょうか
三輪田 祐子氏(以下、三輪田氏):社会全体でカーボンニュートラルを達成するときに考えるべきことが、大きく2つあります。
1つめは、CO2がどうしても排出される分野があることを前提に、大気中のCO2を今以上に増やさない技術も重要だということです。たとえばCO2を排出しないエネルギー源として再生可能エネルギーの量を増やしていこうとしていますが、私たちの今の生活を維持するためには、これだけでは足りないため、当面の間は化石燃料も利用される見込みです。ただしその時に、化石燃料から発生するCO2を大気中に排出せず、きちんと分離回収した上で貯留や活用を行うことが必要です。
もう1つ考えるべきことは、CO2を資源として活用するカーボンリサイクルです。コンクリートやゴム、プラスチックといった素材をつくるためには炭素が必要ですが、CO2には炭素が含まれているため、回収したCO2をこれらの素材の原料として活用できる可能性があります。
こうした点から、CO2分離回収技術は各産業の未来にも大きく影響する重要なテーマとして捉えています。
――グリーンイノベーション基金事業での取り組みには、特にどのような点を期待していますか
三輪田氏:特に欧米を中心に、脱炭素化に向けた取り組みが加速しています。CO2の確実な分離回収は、我が国の産業競争力に連動するという認識で、グリーンイノベーション基金事業で取組を進めています。低圧・低濃度のガスから低コストでCO2分離回収を実用化した例は、世界においてもまだできていません。この技術を早期に確立し、日本の産業発展ならびに世界への市場拡大につなげたいと考えています。
なお、本プロジェクトと並行して、グリーンイノベーション基金事業では「CO2等を用いたプラスチック原料製造技術開発」「CO2等を用いた燃料製造技術開発」「CO2を用いたコンクリート等製造技術開発」および「バイオものづくり技術によるCO2を直接原料としたカーボンリサイクルの推進」の4つのプロジェクトにも取り組んでいます。CO2分離回収技術は、これらのプロジェクトに共通する基盤ともなりますので、2025年頃までに要素技術を開発して各プロジェクトとの連携を模索していきます。
――研究テーマの背景を教えてください
大城 昌晃氏(以下、大城氏):本プロジェクトでは、今後、特に社会に求められる分野である「天然ガス火力発電排ガスからの大規模CO2分離回収技術開発・実証」「工場排ガス等からの中小規模CO2分離回収技術開発・実証」「CO2分離素材の標準評価基盤の確立」という3分野を対象に、取り組みを進めています。
本プロジェクトで対象とする「天然ガス火力発電排ガス」と「工場排ガス」は、低圧であり、CO2の濃度が10%以下の低濃度です。分離回収効率を高め、低コスト化を進めるうえでは、分離素材の性能がカギを握ります。一方で、メーカーによる自社評価だけでは、全体的な優劣の判断はつけづらいものです。そこで、CO2分離素材の標準評価基盤を整備についても、取組を進めています。各メーカーの技術の信頼性を向上させ、開発を加速させるとともに、ゆくゆくは国際標準として発展させることを目指しています。
天然ガス火力発電排ガスからのCO2分離回収とは
――テーマ別に具体的に教えてください。まず、「天然ガス火力発電排ガスからの大規模CO2分離回収技術開発・実証」はどのような内容でしょうか
大城氏(以下、大城氏):天然ガス火力発電は、石油や石炭を用いた火力発電よりも環境負荷が少なく、排ガス中のCO2濃度は10%以下です。高圧・高濃度のCO2を対象としたCO2分離技術は、海外を中心にすでに商用化が進みつつある一方で、天然ガス火力発電からの排ガスはそれよりもCO2が低濃度で、まだ商用化できるほどの技術は確立されていません。低濃度であるほど処理すべきガスのボリュームが増えるため、設備が大きくなったり、また、CO2分離回収にかかるエネルギーが大きくなったりするなど、社会実装を行うための課題が存在します。
そのため、CO2分離技術を社会実装するために、エネルギー効率を高めるための分離素材が必要となります。現在取り組んでいる研究開発内容で想定しているのは、固体吸収法という技術です。アミンという化合物をベースにした固体吸収材を使用する方法であり、固体吸収材を使うとCO2の分離回収に必要なエネルギーが小さくなることが検証されています。また、既存の発電設備を活用しながら、新しい設備を追加で設置することにより、脱炭素に取り組めることも、重要なポイントです。こうした技術を活用しながら、天然ガス火力発電プラントで実際に使えるよう検討していきます。
――社会実装への展望としてはいかがでしょうか
大城氏:社会実装のためには、コスト低減がカギとなります。実証はこれからですが、分離回収に必要な設備をコンパクトにすることやエネルギーコストを圧縮することでコストダウンを目指しております。本プロジェクトでは、CO2を分離回収するのに1トンあたり約6,000円のコストがかかるところを2,000円台まで下げるという野心的な目標を設定しています。当該目標を実現できれば世界をリードできると考えています。
具体的には、コスト低減に向けてコストを「運転コスト」と「設備コスト」に分けて取り組んでいます。「運転コスト」については、効率のよい分離素材およびそれに適したプロセスの開発に焦点を充てています。2024年までには、対象としている排ガスに合わせた最適な固体吸収材およびプロセスを開発する計画です。一方、「設備コスト」について、設備をコンパクトにつくる技術を開発し、設備材料を減らすことや工事コストを下げることにより、コスト削減を考えています。
工場排ガス等からのCO2分離回収とは
――「工場排ガス等からの中小規模CO2分離回収技術開発・実証」についても、教えてください
大城氏:このテーマは、様々なタイプの工場があることを念頭におきながら、技術開発を進めるものです。工場排ガスからCO2を分離回収するためには、それぞれの工場規模に適したコンパクトな設備設計が必要です。また、排ガスが生じる設備は、工業炉・ボイラー等と工場によって異なります。ボイラー設備がある工場なら、廃熱利用を同時に考えることになります。化学プラントでは水成分への対処、ガスプラントではガス設備の負荷に応じた調整技術が必要になります。必要要件を見極め、各産業の要件にあったCO2分離回収の技術選択ができるように様々な設備への導入を念頭に、実証を積み重ねていきます。
――具体的にはどのように取り組みが進んでいるのでしょうか。
大城氏:どのような場所で使うことができるかを念頭におきながら、5つの技術開発に取り組んでいます。1つ目は、電気エネルギーを活用した電界式CO2回収システムです。熱が不要なシステムで、コンパクトな設備にできるため、街や工場への設置を目指しています。2つ目は物理吸着法を用いた取組で、革新的な分離材の開発を進めており、化学品工場と製鉄所でのCO2回収の適用を目指しております。3つ目として、高性能な分離膜を使った、低コストで効率的なCO2分離回収システムを目指しております。化学工場への適用を主にその他の場所での適用も視野に入れております。4つ目は、固体吸収法を活用した分離材で、比較的低い温度でCO2を分離回収できる素材開発であり、ボイラー等を対象とした排ガスへの適用を目指しております。5つめの取り組みはLNG(液化天然ガス)の未利用熱(冷熱)を活用し、エネルギー効率を高め、CO2を分離回収する技術です。ガス会社や大学が参画し、LNG基地内に分離回収装置を設置するシステムを検討しています。
期待される効果とこれからの展望
――CO2分離回収技術の加速によって、カーボンニュートラルの実現にどのような効果が期待できますか
三輪田氏:分離回収すること自体が、カーボンニュートラル達成に必須といえます。2017年のIEA(国際エネルギー機関)のBeyond 2℃シナリオ(B2DS)
試算*1に
また、高効率なCO2分離回収技術が拡大していくと、関連するプラントや素材、薬品等の需要も拡大していきます。世界的な経済波及効果として、2030年時点で年間6兆円、2050年時点で年間約10兆円もの規模で算出されます。こうしたCO2分離回収技術に係る世界的市場規模のなかで、日本企業のシェア3 割確保を目指しつつ、世界市場の付加価値の相当程度の割合を我が国に還流させることを目指していきます。
――今後の展望を教えてください
大城氏:前回の記事にありました通り、CO2分離回収技術は、2050年のネットゼロ(実質的にCO2 排出をゼロにする)の世界で必要な技術です。また、カーボンリサイクルを考えたときには、その起点となるキーテクノロジーです。NEDOでは、このような脱炭素の潮流が生まれる前から、CO2分離回収技術の技術開発の支援を行っており、その技術の蓄積やプロジェクトマネジメントのノウハウを本案件の遂行・社会実装のために最大限活用したいと思っております。
私は、高校生の頃から、地球環境問題に関心があり、低炭素技術のキャリアを積み上げてきました。IPCC(気候変動に関する政府間パネル)第6次報告書が示す通り、地球環境保全の観点においても、この10年間の取り組みが決定的に重要であることから、国家プロジェクトであるグリーンイノベーション基金事業のCO2分離回収技術の社会実装を進めていきたいと考えております。その1つ1つのアクションが、気候変動による災害を減らし、私たちの毎日の安定的な生活や豊かな暮らしに繫がるともに、この2つとない地球環境を次世代に繋ぐことになると信じております。
三輪田氏:カーボンニュートラル達成に向けて、CO2分離回収・利用技術の重要度は各国でも高まっています。欧米や中国でも、数多くのプロジェクトが組成されている状況です。
NEDO様ご言及のように、CO2分離回収技術はカーボンリサイクルの基盤技術でもあります。エネルギーの転換・脱炭素化の流れが加速するなかで、経済産業省では、我が国のカーボンリサイクルのロードマップについても、改訂検討を進めています(2023年6月19日現在)。
日本はこれまで、CO2分離回収技術については先行ポジションをとってきました。吸収剤・吸着剤・分離膜等の要素技術もかなり確立できています。石炭火力発電所の低圧ガス向け、アミンを使用した高性能材吸収材を日本企業が開発し、スケールアップ等実用化に向けた検討を行っております。また、物理吸着法でもCO2材吸着材としてグローバルに商用展開しているものがあります。膜分離法については、海外企業が高分子膜適用で先行しましたが、日本メーカーは高性能な分離膜(分子ゲート膜、ゼオライト膜等)を開発し、材料開発や実証等、コア技術で世界をリードしている状況です。
低圧・低濃度領域まで含んだ分離回収技術の開発に、産官学全体で連携して取り組み、世界及び日本の脱炭素化に貢献していきたいと思います。