デジタル社会における「グリーンbyデジタル」と「グリーンofデジタル」の必要性について、記事「加速するデジタル化・DXの進展 これからの社会に必要な電気機器やデジタルインフラとは」でご紹介してきました。消費電力を抑制しつつ社会の進化に寄与するハードウェア・ソフトウェアの技術が、今、求められています。次世代デジタルインフラの重要性や、どのように構築していけるのか、プロジェクトを担当する方々にお話を伺いました。
次世代デジタルインフラの構築とは
――次世代デジタルインフラ構築とは、どのようなことに取り組んでいるのでしょうか
清水 英路氏(以下、清水氏):デジタル化の進展で、ヒト・モノ・カネの流れをより最適化することを目指していますが、同時に、消費電力が増大していくという課題がついてまわります。グリーン・デジタル大国として日本が発展していくためには、デジタル化・DXによる社会的な利益享受(グリーン by デジタル)と、電気機器やデジタルインフラの省エネ化・高効率化(グリーン of デジタル)を進めていく必要があります。
そのためにグリーンイノベーション基金事業では、「グリーンby デジタル」と「グリーンof デジタル」を進める技術開発に取り組むため、「次世代デジタルインフラの構築」プロジェクトに取り組んでいます。
「グリーンof デジタル」を進める取り組みとして、電気機器を支えるパワー半導体の効率化・省エネ化、データ量増大を見越したデータセンターの省エネ化・高効率化の2つの技術開発を行っています。
また、「グリーンby デジタル」、「グリーンof デジタル」両面を進める取り組みとして、IoTセンシングプラットフォームを構築し、DXを促進できるような共通基盤の普及を目指しています。センシング技術とAI技術を組み合わせ、DXに貢献するアプリケーション開発が加速するようにしたいと考えています。
次世代パワー半導体の開発
――次世代パワー半導体の開発について、もう少し詳しく教えてください
野村 重夫氏(以下、野村氏):電力を制御するためにはパワー半導体というものが必要です。自動車、産業機器、家電など、生活に関わる様々な電気機器の制御に使用されています。このパワー半導体の性能によって、電気機器の消費電力が変化します。たとえば電動⾞においては、電力損失のうち約20%がパワー半導体による損失であると試算されています。このパワー半導体による損失を50%改善し、さらに関連する部品や構造の小型化等も実現することで、電動⾞の5〜10%程度の電費(ガソリン車の燃費に相当)改善につながると言われており、パワー半導体の高性能化によって、かなりの省エネ化・高効率化が進められることになります。
半導体デバイスには、シリコン(Si)が主に使われています。これをシリコンカーバイド(SiC)や窒化ガリウム(GaN)といった素材に変えると、消費電力をかなり抑えられるようになります。シリコンカーバイドは電動⾞・充電インフラ、産業機器などに、窒化ガリウムはACアダプター、サーバ内電源などに使える可能性があり、これらの機器等に実際に使われていくことを目指しています。普及に向けて求められるのは、⾼性能化・⾼信頼化に加えて、従来のシリコンを使ったパワー半導体と変わらない程度のコストレベルです。
――開発に向けてどういった課題があるのでしょうか
野村氏:シリコンカーバイドや窒化ガリウムデバイスは、その優れた材料特性を必ずしも活かしきれておらず、かつ、口径が小さいウェハでの生産が中心のため生産効率が低くコストが高いことが課題となっています。
そこで、優れた材料特性を最大限引き出すためのデバイスの構造や製法を探求しデバイスの高性能化に取り組むとともに、大口径ウェハを使用しての製造条件や製造プロセスを構築し、効率的な生産を実現する必要があります。ウェハというのは丸い半導体材料基板で、その口径を現状流通している6インチ(150mm)から8インチ(200mm)に大きくすると、一枚あたりのウェハから製造できるチップの数が増え、生産効率が向上しコストを抑えることができるようになります。ただし、大口径化するとウェハの欠陥や反り等が課題となってきます。大口径化すると同時に、ウェハの欠陥を低減させる製造技術を開発しないといけません。
そこで、デバイス製造技術とウェハ製造技術を両面から改善し、低コストで消費電力の少ない次世代パワー半導体を量産できないか、検討しているところです。加えて、最大限の高効率化を実現できるよう、回路技術や制御技術の開発も同時に進めています。
次世代グリーンデータセンターの開発
――次世代グリーンデータセンターについては、どのようなアプローチを進めているのでしょうか
齋藤 靖氏(以下、齋藤氏):データセンターは、多数のサーバを搭載したラックを、数万~数十万台接続して構成されます。生成AIの出現などによって今後ますます大量のデータ処理が見込まれる昨今、データ処理量の爆発的増加に比例してデータ処理に必要なサーバの電力消費量も増えていくことが想像され、データセンターそのものの高効率化・省エネ化は喫緊の課題となっています。
現在、サーバには電気配線が用いられています。しかし電気配線には、高速化すればするほど消費電力が増加するという特性があります。つまり、データ処理量の増加に対応するためサーバの処理能力を上げようとすると信号伝送の高速化も必要になり、それによって発生する電気配線での消費電力増加を何らかの方法で解決しなければならない局面を迎えているということです。そこで取り組みを進めているのが、サーバ装置における信号伝送の高効率化です。消費電力を大幅に低減し、かつ大量の情報処理を可能にするためには、配線方法そのものを変える必要があります。その手段として考えられるのが、光を使って情報伝達する光配線化です。光電融合技術というものを使って、電気配線を光配線に置き換えます。そうすると、電気配線に比べて圧倒的な省エネ化ができます。また、光配線にすることで、時間あたりより多くのデータ処理が可能になり(大容量化)、通信の遅延も減り(低遅延化)、より長い距離に届けられる(長延化)ようになります。
私たちが普段使うインターネットにも光回線(光の性質を利用した通信回線)が使われているように、すでに長距離通信市場には光トランシーバといわれる技術が使われています。本プロジェクトでは、サーバボード上やサーバ間、ラック間といったデータセンター内における短距離通信でも使える光電融合技術を開発するとともに、データセンター全体の高効率化を図る技術開発を進めています。
――具体的にはどのような技術が関わるのですか
齋藤氏:まず、ネットワークから端末、チップに至るまで光配線化に対応できるデバイス開発の潮流があります。データセンターのサーバを構成する要素デバイス、たとえばCPU(中央演算装置)、DRAM(メインメモリ)、SSD(フラッシュメモリ)等を光接続できるものにしていきます。また、処理性能自体を大幅に高めるために、「アクセラレータ」と呼ばれるAI計算に優れた処理装置(プロセッサ)への対応も考慮していきます。
また、開発を進めているのが、ディスアグリゲーション技術です。ディスアグリゲーション技術は、サーバの計算リソースをCPUやメモリ等の機能デバイス単位で分割・管理し、計算負荷に対して柔軟かつ最適な計算リソース割り当てを行うことで、システム全体を高効率利用する技術です。
データセンターは数多くのサーバから構成されており、デバイス単位で見ていくと未使⽤状態の部分も発生しています。データセンター全体として未使用デバイスを減らして計算リソースの高効率利用が実現できれば無駄な電力消費を削減できます。そこで、大容量・低遅延で配線距離も延ばせる光配線を使い、より柔軟なデータ処理を、サーバ間やラック間にまたがった各デバイスにも割り当てられるよう取り組んでいます。また、どのような計算負荷に対しても最適な割り当てが実現できるよう、ディスアグリゲーションの制御においてAI技術も活用するなどの工夫も進めています。
これらの技術により、次世代グリーンデータセンターを実現していきます。
IoTセンシングプラットフォームの構築
――IoTセンシングプラットフォームという構想は、どのような背景から来ているのでしょうか
高田 和幸氏(以下、高田氏):今後、社会全体でDXが推進されるほど処理するデータ量は多くなるため、データの効率的な処理と消費電力の抑制を考える必要があります。本プロジェクトで実用化しようとしているのは、データ処理をクラウドに集中させず、エッジ端末で行う「エンドポイントコンピューティング」という考え方です。センシング技術(センサを用いて様々な情報を計測・数値化する技術)で取得したデータを、AIを活用して使いたいデータの形に変換します。従来はこうしたデータの精選や変換等の処理に負荷がかかっていましたが、取得時に処理できれば、その後のデータ通信負荷を大幅に低減させることができます。
また、IoTセンシングを事業で導入する際はハードウェア基板とソフトウェア開発の両方が必要ですが、一から開発を始めると期間もコストもかかってしまいます。加えて、エッジ端末はクラウドに比べて多くの開発者、利用者が存在するため、多くの事業者がノウハウを共有することが重要になります。 このプロジェクトでは、その開発ノウハウをオープンに共有するプラットフォームを整備することで、一企業にとどまらない幅広い事業領域における効果的な省エネ化・高効率化を実現できると考えています。
――IoTセンシングプラットフォームの構築には、どのような技術が関係するのでしょうか
高田氏:現在取り組んでいるのは、IoTセンシング技術を広く活用できるようなオープンな開発基盤の提供と、参加する企業等のエコシステムを支えるプラットフォームの構築です。
具体的には、4つの取り組みを進めています。1つ目は各センサデバイス側で、低消費電力かつ高精度な信号処理をするための技術開発。2つ目はSIer(システムを統合して運用する情報処理事業者)の開発環境を整え、今回の技術を個別アプリケーション開発等につなげていくための環境整備。3つ目は多種多様なセンサを搭載可能なハードウェア基板技術の開発。4つ目はこれら3つの技術を活用したアプリケーションの開発です。
こうした技術を踏まえたプラットフォームを構築することで、各産業の多種多様なニーズに対応するアプリケーションの開発がしやすくなり、ベンチャー企業を含め様々な企業の参入も活性化し、経済的な波及効果にも期待しています。
期待される効果とこれからの展望
――次世代デジタルインフラの構築が進むことで、CO2削減に関するどのような効果が期待できるでしょうか
清水氏:まず次世代パワー半導体については、2030 年までに、次世代パワー半導体を使った変換器などの損失の50%以上低減や、8 インチ(200mm)シリコンカーバイド ウェハにおける⽋陥密度1桁以上の削減に向けて研究開発を進めています。その結果、国内のCO2削減効果を2030年時点で433~437 万トン/年、2050年時点で983 万トンCO2/年と見込んでいます。
次世代データセンターについては、2030 年までに、研究開発開始時点で普及しているデータセンターと⽐較して40%以上の省エネ化を実現しようとしています。結果、国内のCO2削減効果を2030年時点で130 万トン/年、2050年時点で750 万トン/年を目標にしています。
IoTセンシングプラットフォームの構築については、2030 年までに端末側のコンピューティング技術を開発し、その技術を活⽤したシステム全体の消費電⼒量を40%削減したいと考えています。結果として、国内のCO2削減効果として2030年時点で0.55 億トン/年、2050年時点で4.23 億トン/年が得られるという見込みです。
――経済波及効果はいかがでしょうか
清水氏:世界の電⼒需要のうち、約半分がモーターです。モーターの制御に次世代パワー半導体を使うと、大幅な省エネ化・高効率化が達成できます。この置き換えを想定して世界市場規模を試算すると、次世代パワー半導の世界市場は2030年で0.5 兆円、2050年で3.7 兆円と推計することができます。
次世代データセンターについては、現行のデータセンターシステムへの投資額に成長率を考慮して試算しました。世界市場で、2030年に約14 兆円、2050年に約78 兆円へと拡大が期待できます。
IoTセンシングプラットフォームの構築については、センサ台数の将来予測値に対して、センサの単価と整備するプラットフォームサービスの利⽤料を仮定して試算しました。世界市場で約70 兆円(2030 年)、約270 兆円(2050 年)という規模が推計できます。
――今後の展望についてお聞かせください
清水氏:半導体と情報処理産業は、5G・ビッグデータ・AI・IoT・自動運転・ロボティクス・スマートシティ・DX等のデジタル社会を支える重要基盤であり、安全保障にも直結する重要な戦略技術です。IoTデバイスやAI需要の爆発的増加のなかで、電力消費量が制約となってしまうと、機会損失が生じかねません。デジタル化によるエネルギー需要の効率化(グリーンby デジタル)と、デジタル機器・情報通信の省エネ化・高効率化(グリーンof デジタル)を進め、日本で革新的な技術を確立したいと思っています。