記事「アンモニアを燃料としてカーボンニュートラルの実現に貢献!」では、アンモニアが注目される理由や燃料利用での課題についてご紹介してきました。
アンモニアは、燃やしてもCO2を発生しない燃料として、今後、火力発電所や工業炉、あるいは船舶用の燃料として活用が期待されています。一方、そのために必要なブルーアンモニアやグリーンアンモニアを商用レベルで大規模に製造する取り組みはいまだ存在していません。また、大規模利用が期待される発電分野においては、確立しつつある技術をさらに進化させていく必要があります。
そこで、グリーンイノベーション基金事業にて「燃料アンモニアサプライチェーンの構築」のプロジェクトが組成され、供給コスト削減と発電利用に関する4つのテーマに取り組んでいます。具体的な進捗や今後の展望について、プロジェクトを推進する方々にお話を伺いました。
燃料アンモニアの社会実装に向けた取り組み
――燃料アンモニアの社会実装は、カーボンニュートラル全体像のなかでどのような役割を果たしていくのでしょうか
渡邉雅士氏(以下、渡邉氏):アンモニアは、水素と並ぶ脱炭素燃料の重要な選択肢だと考えています。そこで、水素・アンモニア双方のサプライチェーン拡大を同時に進め、それぞれの特性の活用を見込んでいます。たとえば電力分野においては、水素は燃えやすい特性があるのでガス火力での混焼を進め、アンモニアは燃焼速度が比較的遅い特性から石炭火力での混焼において導入を進めています。
また、非電力分野においては、水素はモビリティ燃料電池などに展開していきますが、アンモニアはエネルギー密度の高さを活かし、長距離輸送の船舶エネルギー活用などを想定しています。いずれも、大規模な需要を生み出しつつ供給網を確立する計画を進めており、大規模発電や多産業集積地域などへの活用は1つの有望な形態です。効率的に工業生産するために工場や製油所などを集積した「コンビナート」と言われる地帯がありますが、現在は石油などの化石燃料をもとにしています。今後は脱炭素エネルギーをもとにした産業集積を目指し、「カーボンニュートラルコンビナート」を新たに整備していくことも検討しています。
――アンモニアの社会実装に向けて、国は、どのような取り組みに力を入れているのでしょうか
渡邉氏:大きく3つの観点で促進をしています。1つ目は政策関連で、クリーンエネルギー戦略の推進、サプライチェーン構築に向けた官民のタスクフォース設置、必要な法整備や法改正の検討などです。たとえば従来は、「エネルギー供給構造高度化法」という電気事業者関連の法律で、非化石エネルギー源は再エネや原子力にとどまっていました。ここに、水素やアンモニアも盛り込むことで利用促進が期待されます。
2つ目は燃料アンモニアの社会実装に必要な技術支援です。今回のグリーンイノベーション基金事業で対象にした「燃料アンモニアサプライチェーンの構築」プロジェクトもこの一貫です。
そして3つ目は国際連携に関わる取り組みです。「アジア・ゼロエミッション共同体構想」の発表や、燃料アンモニア利用における国際標準化推進、関連する国際会合や首脳協議での言及、あるいは協力覚書締結などを計画的に進めています。
――「燃料アンモニアサプライチェーンの構築」に取り組んでいる背景について、教えてください
鮫島康孝氏(以下、鮫島氏):アンモニアは貯蔵・輸送技術が確立されていますので、発電や工業炉、あるいは船舶燃料としての利用が大いに期待されています。ただし、社会インフラを担えるエネルギーとして、アンモニアの活用を進めていくためには、製造コストの低減と大規模需要の実現を同時に進める必要があります。今回のグリーンイノベーション基金事業では、この2つに関わる技術的課題を解決することに重点を置き、需要と供給の両面を強化しながら、燃料アンモニアサプライチェーンの構築を目指しています。
アンモニア製造コストの低減で取り組む技術開発
――製造コストの低減に関して、具体的にはどのような方法があがっているのでしょうか
鮫島氏:まず、製造面では、長年アンモニアの製法として活用されてきたハーバー・ボッシュ法は高温高圧で窒素と水素を反応させますが、原料となる水素の製造や、高温高圧下でのアンモニア合成に、化石燃料をはじめ大量のエネルギーが必要となるため、CO2が発生します。この製法で燃料用アンモニアとして大量に生産する場合、発生したCO2を回収または処理することが必要となり、燃料としての製造コストが増大してしまいます。そこでグリーンイノベーション基金事業では、CO2の生成を抑制する、あるいは発生させない新たな製法の確立を目指しています。
1つ目は低温低圧でもアンモニアを製造することができる新触媒の開発です。高温高圧に比べて低温低圧の方が、かけるエネルギーが少なくてすみます。現時点で、製造プラントを動かすためには化石燃料が必要ですが、エネルギーが減らせる分、CO2発生量も抑制できます。また、低温低圧でアンモニアをつくるための触媒にはいくつか候補がありますが、触媒にもコストがかかります。大規模製造に向けて、安定的に安価に大量調達できる触媒が求められています。
並行して期待されるのが、水と窒素を原料として、再生可能エネルギー電力を利用することで「グリーンアンモニア」を製造する電解合成方法の実用化です。
2019年
――1点目の新触媒開発については、どのような展望でしょうか
鮫島氏:アンモニアは窒素と水素を結合させて製造しますが、触媒は、それぞれの分子内の結合を切断し、アンモニアとして結合させる働きをします。実験段階でこの働きに成功している触媒は、いくつかあります。ただし大規模製造でつかうためには、まだ開発が必要です。触媒自体のコストを下げるだけではなく、大量生産になっても安定して触媒の働きをするように改良しようとしています。
本プロジェクトでは、東京工業大学、名古屋大学、京都大学を中心とする3つの開発チームで、新触媒を競争開発する仕組みを取り入れました。2024年にステージゲート1を設け、新触媒を絞り込んで実証するベンチ試験(アンモニア生産量:数百トン/年)を行います。次に2027年にステージゲート2を設け、低コストかつ大規模生産が可能か検証するパイロット試験(アンモニア生産量:数万トン/年)を進めていく予定です。
経済産業省第5回産業構造審議会グリーンイノベーションプロジェクト部会エネルギー構造転換分野ワーキンググループ 資料5「『燃料アンモニアサプライチェーンの構築』プロジェクトの研究開発・社会実装の方向性」p29を参考に作成
――2点目の、水と窒素からアンモニアを生成する電解合成方法については、どのような期待と課題があるのでしょうか
鮫島氏:従来型のグリーンアンモニア製造方法は、「水の電気分解」「水素貯蔵」「水素と窒素の反応」という3つのプロセスが必要であり、各々の設備が必要でした。これに対して、水と窒素から1ステップでアンモニアを電解合成で製造できれば、設備を1つにすることができ、製造コストも抑えられます。また、原料及びアンモニアの製造プロセスでCO2が生じないメリットもあります。前述の東京大学のグループの研究によって、常温常圧でアンモニアを合成できる方法が見出されました。これにより、従来高温高圧環境で窒素と水素を反応させる際に化石燃料を燃焼させることにより排出されていたCO2がなくなります。そこで、この手法を使ったシステム構築に重点を置くことにしました。アンモニアを連続的に合成し続け耐久性や安定性を向上させて、いかに合成量を量産していくかについて、グリーンイノベーション基金事業を活用して取り組む予定です。
アンモニアの利用拡大に向けた取り組み
――アンモニアの燃料用途として、「石炭ボイラにおけるアンモニア高混焼技術・専焼技術」と、「ガスタービンにおけるアンモニア専焼技術」がテーマになっています。まず、石炭ボイラの発電に関してはどのような進展があるのでしょうか
鮫島氏:先に簡単に補足いたしますと、火力発電の仕組みには、ボイラと蒸気タービンという装置が関わります。ボイラというのは燃料(油やガス、石炭)を燃やして火力発電に必要な蒸気をつくる装置で、石炭を燃料にするものを石炭ボイラと言います。また、蒸気タービンとはボイラでつくった高温の蒸気を吹き付けて回転させる羽根車のことで、連結させた発電機に動力を発生させる装置です。石炭火力発電の場合、石炭ボイラでつくり出した蒸気によってタービンを回して電気をつくっています。タービンを動かすのに蒸気ではなく、液化天然ガス(LNG)等を燃やしたときに発生するガスを利用しているものがガスタービンです。
石炭の代わりに燃料アンモニアを使った発電が確立できれば、大規模需要への道が大いに開けます。既存の火力発電所の設備を使える可能性がある点でも魅力的です。
燃料
——ガスタービンにおける専焼技術の方はいかがでしょうか
鮫島氏:2,000kW級のガスタービンにおいて、70%の混焼が成功し、2022年6月には100%(専焼)も達成している状況です。実用化に向けてはまだ課題が残っていますので、課題解決と大型化に向けた取り組みを進めています。
一般に、火力発電用ガスタービンは大きいものになると何万kWサイズにもなり、LNGを気化して用います。今回成功した2,000kWは小型の部類ですが、液体アンモニアを直接噴霧する方式をとっています。
この方式にすると貯蔵タンクからガスタービンまでの設備構成がシンプルで制御もしやすいため、さらに大型化しても使える技術として注目されます。また、2,000kW級のガスタービンは複数連結して火力発電所で使うことも可能ですので、まずはこのサイズで専焼技術を確立することが計画されました。
——アンモニアを燃料にするときの難しさはどこにあるのでしょうか
鮫島氏:アンモニアは石炭に比べて燃焼時の火炎温度が低く輻射熱が少ない特徴があります。さらに液体アンモニアはより安定燃焼が難しくなります。そこで、混焼率が高まってもNOx排出を抑えつつ十分な熱量を確保できるよう、より効率的な燃焼をするための技術や、収熱効率をあげる技術などの開発が求められるのです。
期待される効果とこれからの展望
――こうした燃料アンモニアの取り組みを進めることで、カーボンニュートラルの実現にどのような効果が期待されていますか
渡邉氏:2030年時点でアンモニア300万トンを石炭火力発電に混焼することで、国内CO2発生量を年間約615万トン削減することを見込んでいます。2050 年までには世界全体でアンモニア5.6億トンを石炭火力発電で専焼・混焼するようになると想定しており、削減できる CO2発生量は全世界で年間約11.5億トンになると期待されます。
また、燃料アンモニアが世界で活用されるようになることで、技術の輸出による経済効果も生まれます。たとえば、石炭火力設備をアンモニア混焼に改造する事業、海外でのアンモニア製造・輸出基地の建設事業などを積算すると、2030年時点で約0.75兆円、2050年時点で年間約7.3兆円の経済効果があると言われています。日本企業の国際競争力の状況も意識しつつ、世界市場の付加価値の相当程度の割合を我が国に還流させ、世界及び日本の脱炭素化に貢献していくという道筋を、国としては描いています。
――社会を動かすエネルギーとして、今後どのような期待が持てるでしょうか。今後のプロジェクトに向けてのメッセージをお願いいたします
鮫島氏:アンモニアの利用拡大ならびに、製造の高効率化・低コスト化の実現は、燃料アンモニアサプライチェーンの構築に欠かせないポイントです。技術が確立すれば、早期にアジアをはじめとする海外市場に展開していける可能性も高まります。今回のグリーンイノベーション基金事業では、供給コスト低減に関して「新触媒の開発・実証」と「グリーンアンモニア電解合成」を、発電利用の拡大に関して「石炭ボイラにおける技術開発・実証」と「ガスタービンにおける技術開発・実証」に取り組んでいます。まずは2030年に必要量を適正価格、すなわち現在の天然ガス価格と同程度で提供できる水準を目指しています。そしてその先は、発電や工業炉で大量に使えるように供給体制を整え、安定した燃料アンモニアサプライチェーンの構築が実現できるよう、一歩ずつ進めていきます。
渡邉氏:2030年、2050年に向けて、カーボンニュートラルの燃料拠点を形成するよう戦略的に進めていきます。実現した暁にはそこに水素やアンモニア等のエネルギー素材がそろい、燃料として、原材料として、あるいは新たな用途を見出して、多様なプレイヤーが利活用する状況が生まれていくでしょう。最適なマテリアル循環と産業集積が実現できれば、国際競争力も高まります。
脱炭素への挑戦は、新たな産業構造への転換機会ともいえます。社会実装への道筋がようやく見えてきました。グリーンイノベーション基金事業で取り組みを加速させながら、これからのエネルギー社会基盤をここからつくりあげていけたらと考えています。
関連記事
「アンモニアを燃料としてカーボンニュートラルの実現に貢献!」の記事はこちら
- *1 Nature, 568, 536–540 (2019)
- *2 2020年度NEDO環境部成果報告会資料「アンモニア混焼技術」