記事「水素が次世代エネルギー社会を切り拓く!」では、水素エネルギーの魅力と課題についてご紹介してきました。今後、水素がエネルギーとして広く使われるためには、水素が大量に安定的に低コストで作られ、社会の様々な場所に運ばれ、使える設備が普及していく必要があります。
新たな仕組みを作っていくためには、多額の開発投資が必要です。そこで、グリーンイノベーション基金事業を活用して、「大規模水素サプライチェーンの構築」と、「再エネ由来等の電力を活用した水電解による水素製造」という2つのプロジェクトに取り組んでいます。水素の製造・貯蔵・輸送・利活用等を大規模に展開していくためのテーマが選定されています。
具体的な内容について、プロジェクトを推進する方々にお話を伺いました。
水素エネルギーに期待される可能性
――水素エネルギーについて、日本が目指す社会実装の方向について教えてください
村尾梢氏(以下、村尾氏):水素は、利用時にCO2を発生しないエネルギーであり、発電・輸送・工業用プラント等での用途が見込まれるエネルギーです。カーボンニュートラル達成には必要不可欠なエネルギーとして、水素の利用領域の拡大と、それに伴う供給網の整備に力を入れています。
日本におけるCO2発生量の内訳は、発電部門が42%、産業部門が27%、運輸部門が20%、そして民生部門が11%となっています。発電部門の約8割は化石燃料で作られているエネルギーですが、この一部でも水素に転換できればCO2排出削減に大きく貢献します。また、産業部門のうちCO2発生量が最も多いのは鉄鋼業ですが、製鉄の過程で水素を使い、CO2発生を抑える取り組みも進めています。
――国としては、どのような取組に支援を強めているのでしょうか
村尾氏:サプライチェーンと水素製造に関する支援です。サプライチェーンについては「大規模水素サプライチェーンの構築」というテーマで、水素輸送技術の大型化や高効率化を目指していきます。また、水素製造では、「再エネ由来等の電力を活用した水電解による水素製造」をテーマに、水素の製造過程からCO2を排出せず、低コストで大量製造する方法の社会実装を目指します。
現在、欧州を中心とした各国で水素エネルギーへの注目が高まっており、水素の製造・輸送等について技術開発が進められています。このようにカーボンニュートラルに向けた世界中の動きが加速する中で、日本の水素サプライチェーンを早期に実現することは、国内の関連産業の発展にも寄与すると考えています。
「大規模水素サプライチェーンの構築」プロジェクトで取り組む技術開発
――「大規模水素サプライチェーンの構築」プロジェクトに取り組んでいる背景について、教えてください
大平英二氏(以下、大平氏):水素をエネルギーとして普及させるための技術は、「つくる・ためる・はこぶ・つかう」がありますが、今後、実際に社会で利活用するためには、これらの要素を統合したサプライチェーンを構築することが必要です。
たとえばガソリンの場合、産油国で採掘された原油がタンカーで日本まで運ばれ、製油所で精製されてガソリン燃料となります。さらに製油所から各ガソリンスタンドに届けられ、個人が購入できるようになります。これらの各過程がすべて整備されることにより、サプライチェーンが成立します。
水素の場合、国内での水素製造から水素ステーションへの供給というサプライチェーンが構築されつつあります。さらに海外で製造した水素を輸入し利用するための技術開発も進められてきました。2030年をターゲットに大規模な水素サプライチェーンを社会実装する、そのための商用規模での技術の開発と実証を行うのが本プロジェクトの目的です。
このプロジェクトでは大量の水素を効率的に輸送する技術と、水素を燃料とするガスタービン発電技術の開発を、サプライチェーンの構築の観点から同時に進めています。
――具体的にはどのような取り組みが進んでいるのでしょうか
大平氏:水素キャリア*1である液化水素とメチルシクロヘキサンを長距離輸送するための技術開発を進めます。現在はどのような資源を水素源として、どこの国から、日本のどこの港に運び込むかについて多面的な評価を行っています。また、発電では、実際に水素発電を行う発電所の選定に向けた検討を進めています。
――水素キャリアについて、もう少し詳しく教えてください
大平氏:水素は重量あたりのエネルギー密度は高い一方で、体積あたりのエネルギー密度は非常に低いため、常温・常圧の気体のままで運ぼうとすると大型のタンクで少量の水素を運ぶことになってしまいます。輸送効率を高めるために、より多くの水素を一定の容積の中に収める必要があります。水素を何らかの形に転換し、体積を小さくしていく、この役割を果たすのが水素キャリアです。
――水素キャリアとして液化水素とメチルシクロヘキサンを選択していますが、それぞれどのような特徴があるのでしょうか
大平氏:水素を-253℃まで冷却すると液体になります。これを液化水素と呼びます。現在サプライチェーンが確立しているLNGの-162℃と比較してもさらに温度が低く、貯蔵・輸送の設備や容器に使える材料が限られるとともに、簡単にガス化しないよう極めて高い断熱も必要です。また液化するために多くのエネルギーも必要となります。一方で、常温・常圧の水素ガスに比較して約1/800まで圧縮できる、また水素の純度が極めて高いという大きなメリットがあります。既に、小規模ではありますが、液化水素運搬船や港湾エリアでの貯蔵・荷揚げ等の設備を開発し、技術実証を行っています。本プロジェクトでは、たとえば液化水素運搬船では水素貯蔵量を100倍以上にするなど、商用規模までスケールアップしています。
また、メチルシクロヘキサンはトルエンに水素を結合させて作られます。気体の水素と比べて体積が約1/500になり、常温・常圧で運ぶことができるのが特徴です。まず製造地のプラントでトルエンに水素を結合させ、メチルシクロヘキサンにして輸送します。需要地ではメチルシクロヘキサンを水素とトルエンに分離(脱水素)し、トルエンを再度水素の製造地に輸送してメチルシクロヘキサンの原料として使います。
液化水素の場合、これから大規模な輸送技術を開発する必要がありますが、メチルシクロヘキサンは従来のケミカルタンカー等を活用して運ぶことができるので、運搬に関する技術開発が不要です。加えて、輸送や脱水素工程に石油や石油化学品向けの既存インフラが使えるのも魅力の1つです。製油所が水素供給拠点に生まれ変わる可能性を秘めているのです。
これまでは脱水素工程における触媒の耐久性や性能向上等の要素技術開発、パイロットスケールでの技術実証を行ってきました。このプロジェクトでは、実際のサプライチェーンを見据え、脱水素工程における既存製油所設備の活用等の一連のシステムに関する技術開発に取り組んでいます。
――水素発電を水素大規模活用のテーマとしていますが、何が課題になっているのでしょうか
大平氏:私たちが現在使っている電気の多くは、天然ガス等の化石燃料を燃やして発電されています。この燃料を水素に替えると、CO2を発生させずに発電ができるわけです。一方で、水素は天然ガスに比ベ、燃焼速度が速いために水素の火炎がバーナーに戻ってくる逆火という現象が起こりやすかったり、火炎温度が高いために窒素酸化物(NOx)が発生しやすいなどの課題があります。このような課題を回避するため、水素の燃焼を上手く制御できる発電用燃焼器の開発を進めてきました。燃焼器については十分な成果が得られつつありますが、これを実際の発電用ガスタービンに搭載して、技術を実証するのが今回のプロジェクトです。水素は天然ガスの約1/3の熱量ですから、これに応じた燃料供給システムも作り上げていかなければなりません。何より発電所に求められるのは高い信頼性ですから、このような新しい技術を実際の発電所で実証するのは大きなチャレンジです。
「再エネ等由来の電力を活用した水電解による水素製造」プロジェクトで取り組む技術開発
――もう1つのプロジェクト、再エネ等の電気を利用した水電解による水素製造のねらいについて教えてください
大平氏:水を電気分解して水素を取り出す技術は既に存在します。ここで用いられる電力を太陽光発電や風力発電などカーボンフリーである再エネ由来の電力にすることで、水素の製造過程においてもCO2排出を限りなくゼロに近づけることができます。この低炭素水素を交通、工業プロセスや原料など電化が難しい領域で使うことにより、カーボンニュートラルの実現に大きく貢献することが期待されます。水電解による水素製造は、再エネが大量導入されている欧州を中心とした世界において、積極的に進められています。競争力のある水電解装置を開発するとともに、製造された水素の利用までを一体としたシステムを構築し、日本国内だけではなく世界の市場への展開も視野に入れて取り組んでいます。
――具体的にはどのような取り組みが進んでいるのでしょうか
大平氏:今回のプロジェクトでは、水電解による水素製造装置の大型化を軸に、製造された水素の利活用もパッケージとなるシステムの技術開発を進めています。現在、短中期的に大型化に適した2種類の水電解装置に関する取り組みを進めています。
――水電解装置には複数の種類があるということですか
大平氏:はい。今は「アルカリ型」と「PEM型(固体高分子型)」という2つが商用化に近い技術水準になってきています。
「アルカリ型」は、アルカリ性溶液を用いて水電解を行うもので、白金等の希少金属を使う必要がないため比較的低コストで大規模化に向いているという特徴があります。一方、「PEM型」は、燃料電池の技術を応用したもので、同じ面積に流す電流(電流密度)がアルカリ水電解に比べて高いため電解槽を小型化でき、再エネのような変動電源に対応可能です。どちらかに絞るのではなく、相互補完を目指して「アルカリ型」と「PEM型」の両方を同時に進めています。
――水電解による水素製造から、活用シーンまで連動したプロジェクトということですが、その取り組みについて教えてください
大平氏:今回のプロジェクトは、水電解で作った水素を化学品製造や熱需要等に利用する、「Power to X」の実証まで取り組んでいます。
従来、アンモニアやメタノールといった基礎化学品は化石燃料を使って生成されていますが、これらを水電解による水素を使って生成することを目指しています。また、熱需要、たとえばボイラーで作りだした熱は、工場や大型空調などに活用されていますが、現在はこれらの熱は石油等の化石燃料を燃やして作っています。化石燃料から水素に変えることで、CO2排出をなくすことができます。水素を「つくる」だけでなく、「つかう」ところまで実証することが大事です。
期待される効果とこれからの展望
――カーボンニュートラル達成に向けて相当量のCO2排出削減が必要ですが、2つの水素関連プロジェクトによってどのような効果が期待されるのでしょうか
村尾氏:ある一定の条件のもと、それぞれのプロジェクトによる潜在的なCO2削減効果を試算すると、「大規模水素サプライチェーンの構築」プロジェクトによって2030年時点で約700万トン/年、2050年時点で約4億トン/年、「再エネ等由来の電力を活用した水電解による水素製造」プロジェクトによって、2030年時点で約0.4億トン/年、2050年時点で約15.2億トン/年と見込まれています。
――経済波及効果の見込みについても教えてください
村尾氏:水素は世界的にも需要拡大が予測されていますので、CO2排出削減効果と同時に、経済波及効果も期待されます。「大規模水素サプライチェーンの構築」プロジェクト関連では、国際水素取引額が2030年時点で約0.3兆円、2050年で約5.5兆円/年、水素タービン市場が2050年までの累積で最大約23兆円と推計されています。また、「再エネ等由来の電力を活用した水電解による水素製造」プロジェクト関連では、今後の水電解装置の普及促進を受けて期待される世界市場規模は2030年までの累計で約0.4兆円、2050年に約4.4兆円/年と試算されています。
――社会を支える新たなエネルギーとして、今後どのような期待が持てるでしょうか。今後のプロジェクトの展望を含めてメッセージをお願いいたします
大平氏:水素はカーボンニュートラルに向けたキーテクノロジーとして注目され、世界中で水素社会の実現に向けた動きが加速しています。我が国でも第6次エネルギー基本計画において2030年のエネルギーミックスに水素・アンモニアで1%と具体的な数値が設定される等、社会実装に向けたフェーズに移行しつつあると言ってよいでしょう。社会実装のさらなる加速には、今回のプロジェクトでもテーマとなっているスケールアップと国際連携が重要です。NEDOは、国際水素サプライチェーンの構築を含め多くの海外の機関と水素技術のプロジェクトを進めているほか、2018年から各国閣僚、国際機関、産業界のリーダーが水素社会実現に向けて議論する「水素閣僚会議」を経済産業省と共に開催しています。2030年頃の水素の社会実装、さらには2050年のカーボンニュートラル実現を目指し、今回のプロジェクトを含め様々な取り組みを、官民挙げて国際的に協調しながら進めていきます。
村尾氏:我が国は世界有数の規模の水電解装置を福島県に有するなど、これまで世界トップレベルの研究開発を実施してきました。しかし、欧州や米国、中国等の各国は高い水素導入目標を掲げ、水素利活用に向けた技術開発に対して莫大な国費を投資するなど、水素の社会利用に向けた動きを加速させています。今後の技術開発や各種コストの削減に伴い、水素コストがより低減されれば、世界的に大きな水素の需給市場が形成されていくと考えられます。現在の国内水素需要は、導入目標に比べて少ない状況ではありますが、水素の製造と併せて需要の創出にも支援することで、国内における水素社会の実現を図っていきます。
2050年までにカーボンニュートラルを達成するため、官民一体となった取り組みを加速させていきます。