記事「次世代船舶・次世代航空機の実用化が国際海運と空運のカーボンニュートラルを前進!」では、次世代船舶と次世代航空機それぞれについて、実現に向けた課題やこれから求められる技術開発についてご紹介しました。
いずれも2050年までの長期的な取り組みに向けて、グリーンイノベーション基金事業により技術開発を加速していく見込みです。次世代船舶に関しては4テーマ、次世代航空機に関しては5テーマを採択し、2030年までを目標とした技術開発が進められています。
具体的な進捗や今後の展望等について、プロジェクトを推進する方々にお話を伺いました。
次世代船舶のプロジェクトで目指すこと
――次世代船舶の開発に向けて、国としてはどのような観点で支援を行っているのでしょうか
田村顕洋氏(以下、田村氏):海事産業は、四面を海に囲まれた我が国にとって経済安全保障上必要不可欠な海上輸送を支えています。加えて、造船業は、裾野の広い産業として地域の経済・雇用にも貢献するとともに、日本の防衛・海上保安に不可欠な艦艇・巡視船をすべて建造・修繕し、日本の安全保障も支える非常に重要な産業です。近年、建造需要が低迷している一方、国際海運2050年カーボンニュートラル実現のため、今後、次世代船舶の建造需要が増えると見込まれています。日本の経済安全保障、地域の経済・雇用、安全保障を維持・強化していくためにも、世界に先駆けて次世代船舶を実用化し、国際的な競争力を強化していくことが必要です。
また、日本には海事に関連するほとんどすべての業種が揃い、かつ、多数の企業・機関が集積し、海事クラスターを形成しており、日本は世界有数の海事大国となっています。そのため、自国におけるカーボンニュートラルの実現や国際競争力の強化だけではなく、国際海運の2050年カーボンニュートラルという野心的な目標を世界共通の目標とするようにIMO(国際海事機関)に働きかけ、その実現に貢献する責務があると考えています。
――日本としてのCO2削減目標だけではなく、国際海運における目標を意識する必要があるわけですね
田村氏:世界のCO2排出量のうち、国際海運は2.1%を占めています。これはドイツ一国から排出されるCO2の量に匹敵します。世界経済の成長につれて海上荷動量も増加するため、何も対策を講じなければ2050年には国際海運のCO2排出量は世界全体の7%を占めるまで増えるという試算もあり、何らかの対策が必要です。船舶は国境を越えて活動しており、関係国が多岐に渡るため、国際海運におけるCO2排出対策の検討は、IMOで行われています。これまで日本は、国際機関の場で積極的に活動を行い、世界の海事分野のルール作りに大きく貢献してきました。現在、国際海運2050年カーボンニュートラルを世界共通の目標として掲げることをIMOに米英等と共同提案しており、2023年夏の国際合意を目指しています。その目標達成のためには、水素やアンモニアを燃料とする次世代船舶を社会実装することが必要不可欠であり、日本はその実現に向けた取り組みを牽引する国の一つとして、グリーンイノベーション基金を活用し、次世代船舶の研究開発を支援していきます。
水素燃料船の開発
――重点テーマの1つ目、水素を燃料とする船舶の開発について、詳しく教えてください
川北
船舶の燃料として水素を利用していくためには、水素燃料エンジンの開発、水素燃料のタンク及び供給システムの開発が必要です。水素は、非常に燃えやすい性質のため、燃料として使用するには燃焼を持続するための工夫が必要になります。そのため、水素燃料を安定して燃焼させるには、高度な燃焼制御技術や燃料噴射技術が求められます。
また、液体水素を燃焼させて船舶の主たる燃料であるC重油と同じエネルギーを得るためには、C重油の4.5倍もの体積の液化水素が必要になるため、燃料タンク・燃料供給システムも工夫しなければなりません。また、液体水素は-253℃という極低温の環境で保管する必要があります。いかに貨物搭載量への影響を抑えて従来と同じエネルギー量を確保するか。そのために、省スペース化や構造最適化、材料最適化といった課題を克服しなければなりません。
――たとえばどのような技術開発が進んでいるのでしょうか
川北氏:グリーンイノベーション基金事業において、水素燃料エンジンの社会実装に欠かせないHAZID(安全性評価)の取り組みを進めています。水素燃料船については、国際的に統一された安全基準がありません。そのため、従来の重油燃料を使用する船と同等の安全性を確保するため、安全性評価を行う必要があります。水素を舶用燃料として使用する場合、水素燃料の漏洩、水素脆化や異常燃焼といった技術的課題に対して安全対策を講じなければいけません。HAZIDでは、水素燃料エンジンを使用し安全に運航するため、これら水素の特性を踏まえ、エンジンシステム及び制御システムの安全性を確認しています。
アンモニア燃料船の開発とLNG燃料船のメタンスリップ対策
――アンモニア燃料船の実現に向けた課題についてお聞かせください
川北氏:アンモニア燃料船を実現するためには、アンモニア燃料に対応したエンジンの開発が欠かせません。アンモニアは既存の船舶に使用されるC重油に比べて燃えにくいので、燃焼制御技術や燃料噴射技術を工夫する必要があります。さらに、アンモニア燃料タンク・供給システムの開発も必須です。アンモニアはC重油の体積の2.7倍もあり、さらに腐食性・毒性という性質があります。今後取り組むべき課題は、これらの性質を加味した材料や構造の最適化、省スペース化等の工夫です。
また、アンモニアを燃やすと温室効果ガスの一種であるN2O(亜酸化窒素)が発生するため、グリーンイノベーション基金事業で別途進めているアンモニアのサプライチェーン構築とも連携しながら、燃焼時のN2O発生を抑制する技術を開発していきます。
――アンモニア燃料船については、社会実装の一体型プロジェクトというテーマも設定されているようですが
川北氏:アンモニアはこれまでも肥料等で使われてきたため、ある程度の社会実装が進んでいますが、燃料として活用するためには技術開発が必要であり、世界的にも技術開発競争が始まっている等の背景から、2028年までのできるだけ早期に、ゼロエミッション船の第一弾として商業運航することを目指しています。
また、商業運航の実現には舶用アンモニア燃料の調達、港湾での貯蔵、燃料供給を行う拠点整備が必要です。そこで、船舶の開発と同時にサプライチェーンや拠点整備、そして生産・調達体制の整備を進めているところです。
――LNG燃料船も重点テーマに挙げられていますが、どのような課題があるのでしょうか
川北氏: LNG燃料船はカーボンリサイクルメタンに転用できることもあり、2050年における主力のガス燃料として期待されています。LNG燃料船を普及するに当たっての課題は、LNGの主成分であるメタンがCO2の約25倍の温室効果があり、その一部が大気中に排出される「メタンスリップ」の対策です。メタンスリップ対策としては、触媒方式やエンジン改良方式が考えられます。後処理装置である触媒方式では、メタンを吸着する材料の選定やエンジンの排気温度に応じた機器配置の検討が必要になります。エンジン改良方式では、メタンがエンジン効率、ノッキング、NOx排出等にどのような影響を及ぼしているのか検証する必要があります。メタンスリップ削減率60%以上を達成できる仕組みを実装していくため、各方式の実現に向けた研究開発を進めていきます。
次世代航空機のプロジェクトで目指すこと
――同じくカーボンニュートラル実現に向けた国際的な議論が進んでいるのが、航空機分野だと思います。
次世代航空機の開発に向けては、国としてどのような観点で支援を行っているのでしょうか
呉村益生氏(以下、呉村氏):
新型コロナウイルス感染症の拡大により、航空需要は大打撃を受け、エアラインのみならず、航空機メーカーにも多大なる影響が及びました。しかしながら、航空需要については国内線の需要を皮切りに徐々に回復しており、2023年末には2019年と同水準まで回復するのではと予測されています。その後、新興国等の経済成長を背景に、約4%/年程度の持続的な経済成長を遂げることが見込まれています。
一方
――なぜ国際的な航空業界の脱炭素化は、日本の航空機産業にとってチャンスになるのでしょうか
呉村氏:
現状、既存航空機の機体やエンジンのコア技術やシステムの多くは、欧米企業が担っています。我が国の航空機産業は、機体・エンジンの国際共同開発において約2~3割の参画比率となっていますが、世界的にカーボンニュートラルを目指す動きを市場機会と捉えて、水素や素材等の我が国の要素技術の強みを最大限活用することで、参画比率をさらに高めていくことができる可能性があるためです。
グリーンイノベーション基金事業では、水素航空機向けのコア技術開発と、航空機主要部品の飛躍的な軽量化に向けた開発を支援しており、次世代航空機に必要な機体やエンジン関連の要素技術レベルのイノベーションを促進していきます。
水素航空機向けコア技術開発
――水素航空機向けコア技術開発に関して、具体的な領域や現在の進捗について教えてください
佐藤浩之氏(以下、佐藤氏):水素航空機を実現するには、水素燃料で動く航空機エンジン(特に水素を安定的に燃焼させる燃焼器)の開発や航空機内に液化水素燃料を貯蔵しておくタンクの開発、タンクからエンジンへ水素燃料を供給するシステムの開発等が必要となります。
我々は、これらのエンジン燃焼器・液化水素貯蔵タンク・水素燃料供給システムを、水素航空機向けのコア技術と位置づけ開発を行っています。
エンジン燃焼器開発においては、火炎が水素燃料の供給側に戻ってしまう現象(逆火)が起こりやすいという課題があります。また、水素燃料は既存燃料よりも燃焼温度が高いためNOx(窒素酸化物)が生成されやすいのも課題です。
液化水素燃料貯蔵タンクの開発においては、‐253℃の極低温の液化水素を貯蔵しておくために高い断熱性能が必要となります。さらに、そのまま代替すると既存ジェット燃料の4倍の体積が必要になると言われています。従ってタンク重量の軽減が課題となります。
水素燃料供給システムの開発においては、ポンプ・バルブ・熱交換器などの各機器が極低温環境で確実に作動し、かつ航空機用途として耐えうる小型軽量化が課題となります。
また、搭載するタンクやエンジンが変われば、それに応じた機体設計の見直しも求められます。
そうした課題を踏まえながら、地上用水素ガスタービン開発の知見や、宇宙分野等で培った技術を活用しながら、技術開発を進める予定です。
なお、これらコア技術の開発については、2022年度末までに各技術の仕様を決定すべく開発を進めているところです。
――水素航空機の展望についてお聞かせください
佐藤氏:「水素航空機向けコア技術開発」については、2021年度から2030年度の10年間を事業期間としています。燃料タンクの開発1つでも、軽量化と安全性・信頼性の両立は非常に困難で、巨額の費用がかかります。通常、航空機の開発には10年以上の技術開発に加え、5年間程度、実環境での飛行実証などの実用化に向けた完成機メーカーとの共同開発が必要です。
エアバス社
――航空機主要構造部品の複雑形状・飛躍的軽量化開発とは、どのような取り組みでしょうか
佐藤氏:たとえば、金属部材でできていた航空機の胴体や主翼に炭素繊維強化プラスチックを使うと、軽量化が進みます。航空機部品はこれまでも格段の軽量化を進めてきましたが、さらに進化させるための取り組みです。
実は炭素繊維は、日系企業3社で世界市場の半分以上のシェアを占めています。強度と剛性に優れたCFRP(炭素繊維複合材)はすでに航空機の機体にも利用されており、日本企業が完成機事業に参画して最適化設計などのノウハウも蓄積してきました。この領域をさらにリードしていきたいと考えています。炭素繊維複合材は材料として軽量かつ強度が高いのが特徴ですが、複雑な形状を一体成形することで航空機部品としてさらなる軽量化が可能です。しかし、このような部品を品質よく製造するためにはいくつかの課題があるため、これらをクリアできる成形技術を確立していきます。
これまで、大型機を中心に金属から複合材への適用を進めることで軽量化・燃費向上は進められてきましたが、今後は中小型機の需要拡大が見込まれます。そこで広く使われる部品や素材にしていきたいと考えています。完成機を製造する海外企業との連携を活用・強化して、開発された技術の将来機への搭載にも積極的に働きかけていきます。
目指すインパクトと今後の展望
――次世代船舶の計画によって、カーボンニュートラルの実現にどのような効果が期待されていますか
田村氏:次世代船舶の導入により、国際海運から排出されるCO2は、2030年時点で年間約33万トン削減されると推計しています。これは、国際海事機関の集計値をもとに船舶1隻あたりの年間CO2排出削減量が3.3万トン、2030年に運航を開始しているゼロエミッション船が10隻導入されるという仮定のもと、算出しています。
また、次世代船舶の経済効果は、約0.17兆円と推計しています。これは、1隻あたりの船価を70億円、バンカリング船を50億円、船舶建造による経済効果を船価の2.2倍と見積り、算出しています。
さらに、2050年には、更なる経済成長に伴う海上荷動き量の増加、新造船需要の高まり、GDP成長や船価の伸び等により、年間CO2排出削減量は5.6億トン、経済効果は約6.8兆円になると推計されています。
――次世代航空機についても教えてください
呉村氏:今回のプロジェクトで取り組む水素航空機向けのコア技術と、航空機主要部品の飛躍的な軽量化技術は2035年以降の実用化を見据えています。将来的な航空機の運航機数のうち、中小型の国内線航空機の半数が電動化、半数が水素航空機に代替し、大型機や国際線航空機は軽量化技術を導入すると仮定すると、2050年時点で、世界で年間約3.9億トンのCO2が削減されると推計しています。
加えて、今回のプロジェクトにおける経済波及効果は、2050年時点の新規航空需要のうち、約8割が中小型機、またその半分が水素航空機であるとした上で、既存機における日本企業のシェア率等を踏まえ、水素航空機の機体・エンジン全体の20%、その他の航空機の5%に今回のプロジェクトで確立された技術が搭載されると仮定すると、2050年時点で約1.2兆円と推計されます。
――これからの展望をお聞かせください。まず次世代船舶についてはいかがでしょうか
田村氏:四方を海に囲まれた日本に住む私たちにとって、海上輸送は欠かせない存在です。カーボンニュートラルが進む社会においても安定的な海上輸送を維持しつつ、日本の海事産業の国際競争力を強化するためには、次世代船舶の社会実装を世界に先駆けて実現し、新たな市場を獲得していくことが重要です。そのためには、開発を着実に進めていくだけでなく、諸外国の開発の動向を情報収集することで技術面での強み・弱みを的確に分析するとともに、国際基準の整備の主導、開発事業者による特許取得等の知財の取扱などについて検討するなど、国際基準・標準化戦略を官民が協力して展開していく必要があります。アンモニア燃料船は2028年までのできるだけ早期に、水素燃料船は2030年以降に、商業運航を実現することを目指し、グリーンイノベーション基金を活用し、水素燃料船、アンモニア燃料船、そしてメタンスリップ対策の開発を支援していきますので、今後の進展に是非ご注目ください。
――次世代航空機の展望もお聞かせください
呉村氏:航空機産業は、幅広い裾野産業を有しているとともに、防衛用途の機体に係る産業基盤が共用され、航空機開発の過程で開発・適用された最先端の技術が他の分野に波及する効果も期待されるなど、我が国産業全体において重要な役割を果たしています。また、今後も約4%/年程度の持続的な経済成長を遂げることが見込まれている成長産業です。こうしたなか急速に進む、航空分野における脱炭素化のための技術へのシフトを、我が国の産業競争力を飛躍的に強化するチャンスとして捉え、次世代航空機の実現による航空分野の脱炭素化と経済成長の同時達成を目指していきます。
- *1 https://www.jst.go.jp/sip/dl/k04/end/team9-1.pdf
- *2 https://www.mlit.go.jp/report/press/kouku05_hh_000186.html
- *3 https://www.khi.co.jp/pressrelease/detail/20220412_1.html