2050年カーボンニュートラルの実現に向けて、各産業で温室効果ガス(GHG)の排出を削減していかなければなりません。
船舶や航空機は、国内輸送だけではなく国際輸送においても多く使われています。グローバル化の進展や新興国の経済発展に伴い、国をまたいだモノの輸送量は今後ますます拡大する見込みであり、国際海運や国際航空におけるGHG排出量削減が求められています。
こうした状況のもと、GHG排出削減に向けて大きな期待が寄せられる次世代船舶・次世代航空機とはどのようなものなのか。日本の船舶産業や航空機産業の概観とともにご紹介します。
次世代船舶(1):日本の船舶産業の広がり
四方
日本では、造船業、舶用工業(船に搭載するエンジンや機器の産業)、海運業を中心に、研究機関、金融、商社等の関連ビジネスが密接に関連した「海事クラスター」と呼ばれる産業集積を形成しています。海事クラスター全体の売上高は11.3兆円、従業員数は34万人にも上り、付加価値額で我が国 GDP の約1%を占める産業群となっています。
2022年
世界
こうした背景もあり、日本も参加しているIMO(国際海事機関)において、2050年には2008年比でGHGを半減させること、そして今世紀中のできるだけ早期に排出ゼロにすることが目標化され、国際海運全体で、GHG排出削減を進める動きが始まりました。
GHG排出量削減に向けた具体的な国際的取り組みとして、たとえば新造船については日本が提案した燃費規制であるEEDI(Energy Efficiency Design Index)規制が2013年に導入され、新造船の燃費性能が一定の基準値をクリアすることが義務づけられ、以降この規準値が段階的に強化されています。既存船については船舶の燃費性能を事前に検査・認証するEEXI(Energy Efficiency Existing Ship Index)規制の導入が決まりました。エンジン出力制限などにより、新造船と同じレベルの燃費性能を義務化していくものです。あわせて、
こうした
現在、石油や石炭等の化石燃料が様々な分野の主な燃料として利用されており、船舶分野では重油が燃料として使用されています。しかし、化石燃料は燃焼時に多くのGHGを排出することから、カーボンニュートラル実現のためには、燃焼時のGHG排出量削減が見込まれる燃料の導入が必要です。そうした燃料の候補として水素やアンモニア、LNG(天然ガス)が注目されています。
しかし、水素やアンモニアを燃料とする大型の船舶は世界においても存在せず、現在、開発・実証段階です。また、LNG燃料船においては導入が始まったばかりです。次世代船舶とは、そうした水素やアンモニア等を燃料とする船舶のことであり、国際海運2050年カーボンニュートラル実現に向け、次世代船舶 の社会実装が求められています。
次世代船舶(2):実現の具体化に向けて
水素は燃焼時にCO2を排出しないゼロエミッション燃料として期待されており、自動車用途や発電用途など、様々な場面での活用が進みつつあり、船舶のエネルギーとしても大いに期待されています。
ただし水素を燃料にする場合、最小着火エネルギーが小さく、最高燃焼速度が大きいという特性があります。火は容易につけられるのですが、そのまま激しく燃えてしまうので制御が難しいのです。また、これまでの船舶のエネルギーには重油を使っていましたが、水素はエネルギー密度が重油に比べて低く、仮に、液化水素であったとしても同量の熱量を得るためには4.5倍の容積が必要です。そのうえ、液化水素は-253℃という極低温で貯蔵する必要があります。
そのため、船舶で水素を燃料にするためには、新たなエンジン、貯蔵タンク、エンジンへ燃料を供給するシステムの開発が必要となります。エンジン開発においては、高度な燃料制御技術、燃料噴射技術を向上させるとともに、水素が漏洩して火災や爆発といったことが起こらないような安全対策を講ずることも重要です。また、燃料タンクやシステムの開発に向けては、効率的に水素を積み込めるような省スペース化や最適な構造開発、材料開発が求められます。加えて、水素を大量かつ安価に調達することも重要であり、グリーンイノベーション基金事業では別途、大規模水素サプライチェーンの構築を進め、水素の大規模需要の創出とともに供給コスト低減を可能とする技術の確立を目指しています。
もう1つ、新たな燃料を使った次世代船舶がアンモニア燃料船です。アンモニアは、天然ガスや再生可能エネルギーなどから製造することが可能であり、燃焼してもCO2を排出しない燃料です。石炭火力発電所での活用など、燃料としての用途が実証段階に入りつつあります。
ただしアンモニアは、燃えにくく、一方で燃えるとGHGの一種であるN2O(一酸化二窒素)が発生するという性質があります。また、確立された製造方法はありますが、製造過程でCO₂が発生してしまうのも課題です。グリーンイノベーション基金事業では別途、アンモニアのサプライチェーン構築を進めており、CO2が発生しない新製法やN2Oの抑制、また大量活用に向けた供給網整備などを進めています。
船舶での活用に向けて、水素と同様に新たなエンジン、貯蔵タンク、エンジンへ燃料を供給するシステム開発が必要です。また、アンモニアは毒性、腐食性がありますので、適切に貯蔵・運搬する工夫も必要です。エンジン開発については燃焼制御技術、燃料噴射技術向上に、燃料タンク、燃料供給システムの開発については材料や構造の最適化にそれぞれ取り組んでいきます。アンモニアも貯蔵・運搬には液体化が効率的ですが、アンモニアもエネルギー密度が重油に比べて低く、重油と同量の熱量を得るためには2.7倍の容積が必要です。省スペース化と安全確保を両立した革新的な燃料タンクの開発が求められています。
また、早期のGHG排出削減への貢献が期待されるのが、LNG燃料船です。LNGは化石燃料の一種ですが、液化する前に硫黄分を除いているので、燃やしてもGHGの一種である硫黄酸化物(SOX)などをほとんど排出しません。重油に比べて、燃焼時の窒素酸化物(NOX)やCO2の排出量も少なく、燃料をLNGにすることで、GHGを低減することが可能です。すでに実用化もされていますし、ゆくゆくはCO2を分離・回収して再利用する技術を利用したカーボンリサイクルメタン燃料への燃料転換により、ゼロエミッション化されることが期待できます。現在のところ、LNG燃料船は導入が始まったばかりですが、今後、需要が高まってくると考えられます。一方で、LNGの主成分であるメタンはCO2の約25倍の温室効果があるため、LNG燃料船からメタンの一部が大気中に排出される「メタンスリップ」を削減することが求められます。
次世代船舶(3):世界の研究開発動向と日本の展望
国際的には、ゼロエミッション船の早期実用化をめざして各国が力を入れています。たとえば、フィンランドのバルチラ社では水素専焼エンジンのコンセプトを開発中であるほか、ドイツのMAN社がアンモニア燃料エンジン開発を進めています。また、中国やノルウェーで水素燃料電池を搭載した船を開発しており、実証段階に進んでいます。
日本が造船業・舶用工業の国際競争力を維持・拡大し続けるために、グリーンイノベーション基金事業の「次世代船舶の開発」プロジェクトでは、世界に先駆けて2028年までの早期にアンモニア燃料船の商業運航を実現させ、2030年までに水素燃料船の実証運航を完了させることを計画しています。
欧州企業をはじめ、荷主側のカーボンニュートラルへの意識は年々高まり、輸送にも一層の対応を求めてきています。他方で、中国・韓国との厳しい競争をしている造船業界など、各業界とも他国とのグローバル競争が強まっています。水素やアンモニアなどの新しい燃料の活用には、拠点の整備などが必要です。こうした変革期に海事クラスターに連なる各業種、各企業が力を合わせ、次世代船舶の実現を加速させていくことは、国際海運における日本の競争力を高めることにつながっていくでしょう。
次に、航空機産業を見ていきます。
次世代航空機(1):日本の航空機産業と脱炭素化の流れ
日本の航空機産業は、主として、欧米メーカーとの機体構造、航空機エンジンの国際共同開発への参加を通じ、その事業規模を拡大してきました。
たとえば、機体の軽量化に役立っている炭素繊維複合材は日本企業が大きなシェアをもっています。また、主翼などの構造部品やエンジンの一部を担っている企業もあります。支える部品類にも多くの日本企業の製品が使われています。航空機産業は、広い裾野を持ち、我が国産業全体において重要な役割を果たしている産業です。航空機開発で開発、適用された最先端の技術が他の分野に波及する効果も期待されます。
現状、
目標を実現するためには、運航方式の改善、持続可能な航空燃料(SAF/Sustainable Aviation Fuel)の導入、市場メカニズムの活用、そして新技術の導入を組み合わせていく必要があります。
運航方式の改善とは、空港が混雑して待機時間が出たりすることを改善したり、燃費の良い飛行ルートを選択できるようにしたりすることです。待機時間にも燃料が消費されると、余計なCO2が発生します。運航の最適化を図ることが、排出量の削減につながります。
SAFとは、植物や廃棄物からつくられる燃料のことです。CO2を吸収する性質の植物や、リサイクルとしての都市ゴミ活用をもとにしていますので、原材料の生産から燃焼までのサイクルの中で、排出量と吸収量のバランスをとることでカーボンニュートラルに貢献します。
市場メカニズムというのは、CORSIA制度と言われる国際的な枠組みです。2021年より、航空会社はCO2排出量が一定の上限を超えた場合にカーボンオフセットの義務が発生しました。カーボンオフセットとは、一定の上限を超えて排出するCO2の量に見合ったGHG削減活動に投資し、排出されるGHGを埋め合わせる制度であり、一定量排出されるCO2については、計算上の削減を図っていくことになります。
こうした削減に向けた取り組みを進めるとともに、次世代に向けて重要なのは新しい技術の開発です。そもそもCO2を発生しない燃料を使えるようになるか、画期的なCO2削減方法がないかという点で、次世代航空機実現に向けたいくつかの技術開発が進んでいます。
これまで日本は、航空機のコア部品の製造には参画できていませんでしたが、脱炭素化に向けた新技術の開発で一気に国際競争力を高められる可能性があります。そこでグリーンイノベーション基金事業の「次世代航空機の開発」プロジェクトとして、日本でも新技術開発の取り組みを強化しはじめました。
次世代航空機(2):実現の具体化に向けて
次世代航空機とは、脱炭素化に寄与する革新的な推進システムや、機体の軽量化技術を搭載した航空機を指します。次世代航空機の開発を通じて、国際的なGHG低減への寄与とともに、産業としての競争力強化も目指します。
ただし、
民間企業だけでは長期的な取り組みへのハードルが高いため、国として戦略的に技術開発の支援を続けています。航空機産業は広い裾野産業を抱えているので、その成長・活性化も期待されます。アメリカ政府との連携強化や国際標準化活動とも組み合わせながら、航空機産業の飛躍的な競争力強化を推進していきます。
次世代航空機の技術は、従来型機材の形態を維持したままCO2を削減する技術と、次世代機材によるCO2を削減する技術に大別できます。主要な部品の飛躍的な軽量化や、複雑な形状に対応する取り組みは、その両方に関わる技術です。軽量化するほど必要な燃料が抑えられ、CO2削減に効果があります。従来型機材に関しては翼や機体に軽くて強度の高い炭素繊維複合材を活用した工夫、次世代機材に向けては新しい素材の開発や新たな構造コンセプトの検討が進んでいるところです。
また、次世代航空機の実現に向けては飛行機の動力部分を根本的に変革する技術も期待されています。これらは電動化や水素燃料エンジンといったものが関わってきます。
電動化について、現在は補助動力用や地上待機時における電力供給用など用途範囲は限定的ですが、今後は航空機の動力や内部システムの作動にかかる用途に拡大していくことが期待されています。そのためにはより高効率のモーターや新たな電動推進系統技術などが必要になってきます。2019年から始まった「次世代電動航空機に関する技術開発事業」でも開発が進められており、航空機の装備品や推進系の電動化に向けて、必要な重量エネルギー密度や安全性能を満たす蓄電池、必要な出力エネルギー密度や安全性を満たすモーターの開発などが今まさに進行しています。
水素
この次世代機材実現に向けては、まずは電動化 (蓄電池、水素燃料電池) の導入が2025年頃から始まる見込みです。最初はコミューター機と言われる小型機に搭載され、2030年頃からリージョナル機という一回り大きいサイズへと展開していく予想となっています。コミューター機は9から50席程度、リージョナル機は50から100席程度のサイズで、フライト時間はコミューター機だと60分以下、リージョナル機だと90分程度です。
一方で現在私たちが乗っている航空機は、より大きく、飛行時間が長いものです。中型機以上のサイズの航空機については、電動のみでの推進は、技術的に難しいとされています。そこで期待されるのが水素航空機 (水素燃焼エンジン) です。より高いエネルギー量が見込めるので、まずは100から250席程度の中小型機への導入をめざして、開発を進めていきます。この実用化は、2035年頃が目標とされています。水素航空機の社会実装に向けては、空港周辺のインフラ整備も同時に検討を始めています。
次世代航空機(3):世界の動向と日本の展望
国際的にも欧米を中心に、軽量化、電動化、水素航空機などの航空機の脱炭素化に関する技術開発が次々と発表されています。
たとえばフランス政府は、カーボンニュートラル航空機の実現目標を2050年から2035年に前倒し、民間航空機の開発に多額の支援金を出しており、アメリカ政府も電動化や軽量化に関する技術開発を支援しています。ドイツ政府は、水素燃焼エンジン、水素燃料電池ハイブリッドシステムなどの水素技術の開発支援に力を入れています。
また多くの海外のメーカーも電動化や水素航空機のコンセプトを発表しており、脱炭素化に向けた技術の開発の機運が世界中で高まっていることが分かります。
日本では研究開発の支援のみならず、支援した技術を社会に実装するための取り組みも実施しています。例えば欧米政府・企業との協力枠組みを活用し、マッチングや共同技術開発支援を通じて日本企業と海外企業の連携を強化する取り組みも行っています。その
電動化、水素航空機などの新技術を社会実装するためには、安全基準の策定や国際標準化に向けた取り組みを進めていくことが重要です。技術に応じて主導的に安全基準・国際標準を策定するためには、日本企業が戦略的に国際標準化団体へ参画することも必要となります。そこで令和4年度から国土交通省と共同で「航空機の脱炭素化に向けた新技術官民協議会」を設置し、日本企業が持つ優れた技術の社会実装および産業競争力強化に向けた取り組みを推進しています。
次世代船舶・航空機の未来:これからの取り組み
人の移動が活発になり、食料もエネルギーも、あらゆるものがグローバルに行き来する現代において船舶及び航空機による輸送は欠かせない手段です。一方、2050年カーボンニュートラルを実現していくためには、船舶・航空機を通じて排出されるGHGは限りなく抑えていくことが求められます。
世界的な動向に目を向け、時には国際議論をリードしながら、ロードマップに沿った次世代船舶・次世代航空機の実現に向けた取り組みを加速していきます。
- *1 国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)グリーンイノベーション基金特設サイト,プロジェクト情報【次世代船舶の開発】関連資料「研究開発・社会実装計画」p3
- *2 国土交通省報道資料 第41回国際民間航空機関 (ICAO) 総会の開催結果について
- *3 国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)グリーンイノベーション基金特設サイト,プロジェクト情報【次世代船舶の開発】関連資料「研究開発・社会実装計画」p3
- *4 日本の船会社が保有する日本籍船及び海外子会社が保有する外国籍船
- *5 載貨重量トン数を合計したもの。(載貨重量トン数とは、船舶の航行の安全を確保することができる限度内における貨物等の最大積載量を表すための指標。)
- *6 国土交通省「海事レポート2021」p19-20
- *7 国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)グリーンイノベーション基金特設サイト,プロジェクト情報【次世代船舶の開発】関連資料「研究開発・社会実装計画」p4
- *8 国土交通省令和3年10月26日付報道発表資料「国際海運2050年カーボンニュートラルを目指し、IMOに提案します」
- *9 国土交通省令和3年6月18日付報道発表資料「2023年から世界の大型既存外航船にCO2排出規制開始~国際海事機関(IMO)第76回海洋環境保護委員会(6/10~17)の審議結果~」
- *10 国土交通省国際海運2050年カーボンニュートラルに向けた官民協議会 資料2「国際海運2050年カーボンニュートラルに向けた取組」p6
- *11 国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)グリーンイノベーション基金特設サイト,プロジェクト情報【次世代航空機の開発】関連資料「研究開発・社会実装計画」p3
- *12 国土交通省報道資料 第41回国際民間航空機関 (ICAO) 総会の開催結果について
- *13 国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)グリーンイノベーション基金特設サイト,プロジェクト情報【次世代航空機の開発】関連資料「研究開発・社会実装計画」p4
- *14 経済産業省第1回産業構造審議会グリーンイノベーションプロジェクト部会産業構造転換分野ワーキンググループ 資料6「次世代航空機に向けた研究開発・社会実装の方向性」p27
- *15 経済産業省2022年8月1日付ニュースリリース「萩生田経済産業大臣がボーイング社と将来の航空機の技術協力に係る合意書に署名しました」