
「Ammonia to Zero. アンモニアで地球を救え。」この標語を掲げ、アンモニアを燃料とするタグボート「魁(さきがけ)」の実証航海が完了したことを報告する節目の記念式典が、2025年3月28日に横浜港で開催されました。
魁は、NEDOの「グリーンイノベーション(GI)基金事業/次世代船舶の開発」プロジェクトで、日本郵船とIHI原動機の2社が日本海事協会の協力を得て研究・開発した船舶で、アンモニアを燃料として航行するタグボートです。2024年8月23日に竣工し3カ月間の実証航海が完了、実運航を開始したところです。今後は東京湾で曳航作業に従事し、アンモニア燃料船の開発、運航に係る知見を蓄積していきます。今回、実証成果が公開されるとともに、船舶本体がお披露目となりました。
アンモニア燃料タグボート「魁」式典で挨拶に立った菅義偉氏(第99代内閣総理大臣、衆議院議員)は、「総理在任中に2兆円規模のGI基金を創設しましたが、その成果の第一歩として、世界初のアンモニア燃料船を実現できたことは大変喜ばしく思います」と力を込めて語り、GI基金事業によって具体的な成果が出たことを讃えました。

記念式典の様子。次世代船舶の開発に関わった日本郵船、IHI原動機、日本海事協会、NEDOのほか、菅義偉元首相、山中竹春横浜市長、経済産業省、国土交通省の代表者らが参列し挨拶に立ちました。
90%以上のGHG排出量削減を達成
今回のプロジェクトでは、日本郵船グループの新日本海洋社によって東京湾での曳船業務に従事しながら3カ月間の実証航海を行いました。その結果、「アンモニア混焼率、GHG(温室効果ガス)削減率のいずれも90%以上を達成したことで、アンモニアが船舶燃料として有用であるということを証明できました」(日本郵船・代表取締役社長の曽我貴也氏)というのが大きな成果です。エンジンを全開にしたことを示す主機負荷率100%の状態では、最大約95%のGHG排出量の削減を達成しています。
アンモニアは燃焼時にCO2を排出しないとはいえ、重油に比べて燃えにくいという特性があります。そのため、エンジンに燃料を噴霧する際に重油と混ぜて燃焼させる“混焼”が必要です。その際に、アンモニアの比率をどれだけ高められるかが開発の鍵となります。記念式典後の記者会見で曽我氏は「想定を超えて約95%と高いアンモニア混焼率を実現できました」と紹介しました。
技術開発の要素として最も重要な点は、アンモニアと重油を用いたDual Fuel(2種類の燃料を使用)式のエンジンを日本が世界で初めて開発したことです。魁は、以前は「LNGと重油」のDFエンジンでしたが、今回はそのエンジンを下ろして「アンモニアと重油」のDFエンジンに載せ替えて、アンモニア燃料船として生まれ変わりました。もう1つの要素が、アンモニアの毒性から乗組員を守るための船型と安全システム、および乗組員への教育訓練を適切に実施したことです。
なお、燃焼させた際に付加物として発生するN2O(亜酸化窒素)は想定よりも少なかったのですが、発生するN2Oを触媒で反応させて無害にする技術も開発して魁に取り入れています。
アンモニア燃料船の国際標準化を主導
国際的な課題としては、アンモニア燃料船に関する規則が未整備であることがあります。今回のプロジェクトに第三者機関として関わった日本海事協会は、アンモニア燃料船が重油を燃料とする船舶と同等の安全性を確保しているという点を評価し、規制当局である国土交通省海事局から代替設計の承認が得られるように支援をしてきました。さらに、2021年8月に第1版として発行したアンモニア燃料船の安全要件ガイドラインに今回の実証航海の成果を取り入れ、第3版まで版を重ねてきました。
本プロジェクトの役割として見逃せないのが、アンモニア燃料船の国際的な暫定ルールの早期策定に貢献したという点です。日本海事協会会長の菅勇人氏は、「本プロジェクトでの安全要件案を、国土交通省を通じて日本提案として世界に先駆けて国際海事機関(IMO)に提案しました。その結果、2024年12月に開催されたIMOの会合にて、アンモニアを燃料とする船舶の暫定基準が採択されました。今後は、今回の実証航海で得られた知見により、暫定ルールのアップデートに貢献していきます」とし、日本がアンモニア燃料船の国際標準化を主導していく構えです。
アンモニアには毒性があることにも対策が必要です。「安全管理オペレーションについても今以上に重要になってくると思っており、この分野にも注力していきたい」(菅勇人氏)としています。
2026年11月にはアンモニア燃料アンモニア輸送船就航へ
タグボートとして実運航が始まったアンモニア燃料船。次の開発目標は、アンモニアを運ぶ輸送船への応用で、2026年11月の就航へ向けて開発が進められています。
アンモニア燃料タグボート「魁」は、2024年7月に世界初のタンクローリー車から供給する方式(Truck to Ship方式)を実現しました。 今後は、アンモニア燃料アンモニア輸送船の研究開発を進め、アンモニアのバリューチェーンの確立にも取り組んでいきます。
エンジン開発を主導しているIHI原動機代表取締役社長(記念式典のあった2025年3月時点)の村角敬氏は、「アンモニア燃料アンモニア輸送船(アンモニア燃料で航行)向けに、現在、当社の太田工場(群馬県)で陸上試験を実施しており、タグボート向けで得たノウハウを注入して開発を進めています」と紹介しました。
アンモニア燃料アンモニア輸送船は中型クラスを想定しており、日本郵船、IHI原動機、日本シップヤード、ジャパンエンジンコーポレーション、日本海事協会がコンソーシアムを組織して開発を進めています。
国際海運全体のCO2排出量削減へ、次世代のゼロエミッション船開発を推進
NEDO飯村亜紀子理事は、「今回お披露目された世界初のアンモニア燃料船・魁の竣工は、GI基金事業の20のプロジェクトの中でも具体的に目に見える成果であり、文字通り“先駆け”となっています」とした上で、次世代船舶開発の意義を次のように語りました。
「国際海運全体でのCO2排出量は世界全体での排出量の約2%に達しています。今後、さらに海上輸送の需要の増大が予想されており、国際海事機関(IMO)が策定した温室効果ガス削減戦略に基づいて、2050年頃までに温室効果ガス排出ゼロにするためには、アンモニアや水素を燃料とした次世代のゼロエミッション船の開発が不可欠であると考えています」。
アンモニア燃料船に加えて、次世代船舶のプロジェクトでは水素燃料を使うエンジンについても研究開発が着々と進められています。次世代船舶の開発プロジェクトをとりまとめているNEDOの川北千春プロジェクトマネージャー(水素・アンモニア部次世代船舶チーム長)は、「水素燃料を使うエンジンの開発は急ピッチで進められています。ジャパンエンジンコーポレーションの工場内に水素燃料実機エンジン用陸上運転設備を建設中で、2025年度より運用が始まります。そこで、川崎重工業、ヤンマーパワーテクノロジー、ジャパンエンジンコーポレーションの3機種のエンジンの試験を実施します。1年ほどの実機試験のあと2026年以降、輸送船などに搭載される見込みです」と説明します。
NEDOは、今後も次世代燃料船の研究開発を推進し、海運業界におけるカーボンニュートラルの実現に貢献していきます。

次世代船舶の開発プロジェクトをとりまとめているNEDOの川北千春プロジェクトマネージャー(水素・アンモニア部次世代船舶チーム長)

次世代船舶の開発プロジェクトに取り組んでいる日本郵船、IHI原動機のメンバー


