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2025.06.26
産業構造転換分野インタビュー

高機能バイオ炭の散布実証・栽培試験へ展開図る

バイオ炭製造コストを削減する実験機が稼働

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NEDOヤンマーエネルギーシステム及びぎふ農業協同組合(以下、JAぎふ)は、「高効率もみ殻バイオ炭製造装置」第1号機なる実験機JAぎふ方県(かたがた)カントリーエレベーター*1(岐阜市)設置し、2025424日、装置お披露目式にて、実証試験開始する共に、その内容明らかしました。

記念式典のテープカット。右側に見えるのが「高効率もみ殻バイオ炭製造装置」

本実証試験は、NEDOの「グリーンイノベーション(GI)基金事業/食料・農林水産業のCO2等削減・吸収技術の開発」プロジェクトの一環で、農林水産業のうち農業分野におけるCO2削減を推進する取り組みの一つです。

もみ殻とバイオ炭。バイオ炭は元のもみ殻に比べて、重さで30%、容積で40~50%となります。なお、農業機械で散布する際に風で舞い上がらないようにするために水分を含ませます。

実証試験推進母体「高機能バイオ炭コンソーシアム」で、ぐるなび(幹事会社)、全国農業協同組合連合会(JA全農)、片倉コープアグリ、ヤンマーエネルギーシステム、農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構)構成されます。実証試験終了する20313まで6年間バイオ炭製造コスト削減するともに、生育促進効果など示す有用微生物機能付与した、高機能バイオ炭散布実証・栽培試験全国50地区以上実施ます*2

  • *1 カントリーエレベーターとは、穀物を生産する多数の農家が穀物の乾燥・貯蔵・調製・出荷作業のために共同で利用する大規模施設
  • *2 バイオ炭は、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)のガイドラインによると、「燃焼しない水準に管理された酸素濃度の下、350℃超の温度でバイオマスを加熱して作られる固形物」と定義された炭で、土壌への炭素貯留効果が認められている

カーボンネガティブに有効な技術を確立

今回公開された実験機は、大量に発生する稲のもみ殻を原料として、従来よりも効率よくバイオ炭を製造できる装置です。

実験機を開発したヤンマーエネルギーシステムの山下宏治代表取締役社長

実験機を開発したヤンマーエネルギーシステムの山下宏治代表取締役社長は、「2050年のカーボンニュートラルの実現は待ったなしの状況です。省エネや再エネの取り組みだけでは不十分で、カーボンネガティブ(温室効果ガスの排出量よりも吸収量が多くなる状態)を実現する手段が必要です。バイオ炭はまさにカーボンネガティブを実現する上で有効な技術だと考えています。この技術を全国に普及させるためには製造コストの低減が不可欠であり、バイオ炭製造時の歩留まりを当社従来比で120%にする技術開発に取り組んでいます」と紹介しました。

ヤンマーエネルギーシステムでバイオ炭製造装置の開発を担当している開発部技術開発部コンポーネントグループ主任の松本健氏

具体的な目標について、ヤンマーエネルギーシステムの開発担当者である開発部技術開発部コンポーネントグループ主任の松本健氏は、「従来は、1時間当たり100kgのもみ殻から25kgのバイオ炭を製造していましたが、燃焼によって排出されてしまうもみ殻中の炭素量を低減することによってバイオ炭の製造量を30kgにまで増やし、当社従来比120%を達成する高効率なバイオ炭製造技術を確立します。また、バイオ炭1トン当たりの製造コストを、従来の5万円から3万円に低減することを目標としています」と説明しました。

さらに松本氏は、「もみ殻を埋めると二酸化炭素よりも温暖化係数の高いメタンガスが発生し、野焼きすると煙やにおいなどの問題が発生する」とした上で、実験機について、①煙や臭いがなくクリーン、➁清掃の手間がからない、③高品質のバイオ炭を製造可能――という3つの効能を挙げました。

出来上がったバイオ炭を自動で袋に充填する装置。1袋で70~75kgのバイオ炭を充填できるので、2~3時間でいっぱいになる。

具体的には、「もみ殻を燃やす際に化石燃料を使わず電気ヒーターでもみ殻に着火し、もみ殻のエネルギーを利用して800℃以上の燃焼を行うことでクリーンな排気を実現します。運転する際には簡単な操作で自動制御するとともに、静音性も高いため、夜間を含めて24時間連続運転が可能。かつ自動で袋詰めされるため清掃フリーで手間がかかりません。燃焼温度は従来のバイオ炭製造時の温度よりも高いため、炭に多数の細かい穴が空きやすく、この穴に肥料や水分が入るほか、微生物も棲みつくことができます」(松本氏)と詳述します。

最初の高機能バイオ炭は2025年に現地試験開始

今回発表した実験機は、高機能バイオ炭のベースとなるバイオ炭そのものを製造する装置で、製造されたバイオ炭に微生物を混合し、高機能バイオ炭とすることで土壌中の有機物の分解や病原菌の抑制などにより、作物の健全な成長を助長することが可能です。

農研機構の総括執行役で農業環境研究部門所長の山本勝利氏

バイオ炭の高機能化を推進している農研機構の総括執行役で農業環境研究部門所長の山本勝利氏は、「高機能化のために使う資材や手法には多くの選択肢があります。どういう資材や方法が有効かは栽培する農産物や土壌によって異なります。この高機能化のための資材開発は片倉コープアグリと一緒に進めているところです。2025年からは、各地域に即した技術の試験を一般農家の方々の協力を得ながら開始しています。将来的には、地域の稲作から生み出されたもみ殻をバイオ炭として地域内に貯留していく“地産地消”のシステムを目指しています。JAぎふさんでも、環境と調和した持続可能な農業を実践する“有機の里(岐阜市)”でバイオ炭の散布実証を行う計画があると聞いています」と、高機能化の実証スケジュールについて説明します。

全国50地区で散布実証を行い2031年度以降は100地区以上に拡大

高機能バイオ炭を使った散布実証と栽培試験は、まずはJAや農業法人と協力して2025年度中に全国50地区以上の圃場で実施される予定です。


2025年度以降の実証50地区を決定、高機能バイオ炭の散布実証・栽培試験を実施する。出典:「第29回 産業構造転換分野ワーキンググループ(2025年1月30日)」ぐるなび説明資料より一部更新
NEDOの渕上恵子プロジェクトマネージャー(フロンティア部GI農水チーム チーム長)

NEDOの渕上恵子プロジェクトマネージャー(フロンティア部GI農水チーム チーム長)は、「これら50地区で高機能バイオ炭を使用するために、バイオ炭製造装置を年間4,000時間稼働させ、400トンのもみ殻から120トンのバイオ炭を作る計画となっています。1地区あたり約10アールの想定で、1地区に200kgを供給する予定です(注:作物によっては30アールの圃場あり)。その後、順次対象地域を増やし、2031年度以降は全国100地区以上に拡大させる計画です。バイオ炭を年間1万トン生産し、CO2削減量も1万トンを目指します」と全体計画について説明します。

まずはバイオ炭製造装置の第1号機を最適化することが優先ですが、全国にバイオ炭を供給していくためには増産が必要になるため、「第2号機以降もバイオ炭製造装置の設置を行い、2030年度までに10機体制としたい。」(渕上プロジェクトマネージャー)と今後の方針を話しました。

高機能バイオ炭の散布実証では、作物や土壌への影響を調べるほか、散布コストを下げるための散布技術の開発も進めていきます。

“環境価値”を消費者に分かりやすく

高機能バイオ炭の社会実装を進めていく上で重要なのが、その「環境価値」を消費者にどのように伝え・理解してもらうかという点です。

ぐるなびは、高機能バイオ炭を使って栽培した農産物の付加価値を消費者にどう理解してもらうかについてコンソーシアムの中心となって研究しています。同社のグリーンイノベーション事業推進部GI事業推進セクションのセクション長を務める浜矢健次氏は、「農家の方々が、栽培した農産物の種類や時期のほか、使用した高機能バイオ炭や肥料の量などを入力すると、環境価値が数値化される“環境価値評価システム”を構築しているところです。そこで出力される環境価値を消費者に分かりやすく表示する方法を検討しています。消費者にアンケートを取るほか、販売実証も計画しています」と説明しました。

ぐるなびのグリーンイノベーション事業推進部GI事業推進セクションのセクション長を務める浜矢健次氏

ぐるなびは、これまでに有機栽培など環境に配慮した農産物を購入する層へのアンケートを実施したことがあり、その結果から、「”有機栽培”という栽培方法が購入動機ではなく、年齢に関係なく、”安心や健康のため”、”産地を応援したい”という気持ちで購入しているということが分かっています」とした上で、「今後、どういう属性の方々にどう売っていくかというペルソナ(仮想的な人物像)を作っていこうと考えています」と説明します。バイオ炭には炭素貯留効果があるという技術的な側面だけでなく、消費者に受け入れられる環境価値をどう表現していくかが研究課題となっています。

JAぎふの代表理事組合長を務める岩佐哲司氏

JAぎふの代表理事組合長を務める岩佐哲司氏は、「今回の高機能バイオ炭の活用は、ぐるなびさんのご紹介でヤンマーエネルギーシステムさんとの仲を取り持っていただき、この地で実現したものです。農業従事者の数が減っている中で、消費者の望むものを作っていくという発想で地域の農業を守っていきたいと考えています」と、歓迎の意を表しました。

水産・林業分野でも研究開発着々

NEDOの西村知泰理事

NEDOの西村知泰理事は、「我々は、エネルギー地球環境問題の解決と産業技術力の強化のため、チャレンジングな技術開発実証を通じ、イノベーション・アクセラレーターとして社会課題の解決を進めています。“食料・農林水産業のCO2等削減・吸収技術の開発”プロジェクトにおいては、海藻育成ブロックを活用した藻場の造成・回復による海洋への炭素貯留、高層建築物の木造化に資する等方性大断面部材の開発による国産材利用拡大・都市への炭素貯留というテーマに加えて、本日のテーマである高機能バイオ炭による農地炭素貯留と農産物の収益性向上という、農・林・水の3つのテーマに取り組んでいます」と事業の全体像を説明しました。

さらに、「GI基金事業の20プロジェクトのうち、農林水産省が関わっているのはこのプロジェクトのみです。同省が入ることで、JAも一緒になって展開できており、農家がプロジェクトの成果を享受できます」と農林水産省が関わる意義にも触れました。

農林水産省の農林水産技術会議事務局研究総務官の東野昭浩氏

農林水産省、農林水産技術会議事務局研究総務官の東野昭浩氏は、「農水省は、食料・農林水産業の生産力向上と持続性の両立をイノベーションで実現する“みどりの食料システム戦略”に基づく研究開発を行っており、その一環として、高機能バイオ炭の供給・利用技術の開発にも取り組んでいます」と語りました。

プロジェクト全体を統括している渕上プロジェクトマネージャーは、「ブルーカーボン(藻場などの海洋生態系に隔離・貯留される炭素)のプロジェクトは藻場の中間育成(幼い海藻を、環境変化に耐えうる抵抗力がつくまで管理下において育てること)を実施中で、中間育成用の海藻カートリッジ(海藻を植え付けたプレート)は全国5カ所の漁港で各1000枚ずつ、合計5000枚が設置されています。等方性大断面部材の研究開発はマイルストーン通りに進んでおり連続製造ラインの開発に2025年度に着手します」と、農業以外の分野での研究開発の進捗状況も明らかにしました。

NEDOはGI基金事業において、今回発表した農業分野の研究開発と並行して水産・林業分野での研究開発を加速させ、食料・農林水産業のCO2等削減・吸収技術の開発に注力していきます。