世界に先駆けて水素燃料船の実用化を目指す日本の“挑戦”が順調に推移しています。
NEDOのグリーンイノベーション(GI)基金事業「次世代船舶の開発」プロジェクトにおいて、川崎重工業、ヤンマーパワーソリューション、ジャパンエンジンコーポレーションの国内船舶用エンジンメーカー3社はコンソーシアムを組み、水素燃料船の社会実装に向けて研究開発を加速しています。2025年10月に開催された「水素燃料供給設備ならびに舶用水素エンジン運転開始お披露目会」では、多くの関係者の前で、実証中の液化水素燃料供給設備から舶用水素エンジンの陸上運転を実施する世界初の取り組みを公開するなど、プロジェクトの成果を披露しました。

お披露目会でのテープカットの様子。左からヤンマーパワーソリューション代表取締役社長の廣瀬勝氏、NEDOの松本真太郎理事、経済産業省大臣官房審議官(GXグループ担当)の福本拓也氏、国土交通省海事局次長の河野順氏、川崎重工業エネルギーソリューション&マリンカンパニープレジデント専務執行役員の西村元彦氏、ジャパンエンジンコーポレーション代表取締役社長の川島健氏
「次世代船舶の開発」の中で進められている「舶用水素エンジンおよびMHFS(Marine Hydrogen Fuel System、舶用水素燃料タンクおよび燃料供給システム)の開発」では、2030年度までに舶用水素エンジンを開発すると共に水素燃料船の実証運航を完了することを目指しています。また舶用水素エンジンに水素を供給するためのMHFSの開発も並行して行っています。
イノベーションに向けエンジンメーカー3社が進める画期的なプロジェクト
脱炭素社会実現への要求が増す中で、海運分野においても、この実現が求められています。国際海事機関(IMO)が2023年に策定した「GHG(温室効果ガス)削減戦略」では、2050年ごろまでにGHG排出をゼロにすることを目指し、その中間目標として2030年までにGHG排出を20~30%削減、2040年までに70~80%削減する(いずれも2008年比)ことを国際合意しています。
海運分野における水素エネルギーの活用は、このような目標を実現するための切り札となり得ます。一方で世界を見ても、定常運航している大型水素燃料船はまだなく、実用化に向けて各国が開発を進めているのが現状です。お披露目会の冒頭、川崎重工業エネルギーソリューション&マリンカンパニープレジデント専務執行役員の西村元彦氏は、「日本が世界に先駆けて船舶の脱炭素に挑戦しているという証です」と、GI基金事業のプロジェクトの意義を語りました。また、「舶用エンジンメーカー3社が結束して技術を結集する取り組みは、世界でも非常に珍しいものです」と、各社が手を取り合って日本の地位を高めようとする本気度は、世界でも類を見ないことについて説明しました。

川崎重工業のエネルギーソリューション&マリンカンパニープレジデント専務執行役員の西村元彦氏
CO2をはじめとしてGHGを大きく削減するのは、たやすいことではありません。国際エネルギー機関(IEA)によれば、2050年にCO2のネットゼロを達成するためには、現存しない技術が46%必要とされます。経済産業省大臣官房審議官(GXグループ担当)の福本拓也氏は挨拶の中でイノベーションの重要性について指摘したうえで、「そのイノベーションに向けて3社で果敢に挑戦していくという姿勢に敬意を表すと共に、経産省もしっかりと支援していきたいと考えています」と国を挙げてGI基金事業のプロジェクトを後押しすると語りました。

経済産業省の大臣官房審議官(GXグループ担当)の福本拓也氏
GI基金事業のプロジェクトが見据えるのは、海運分野の脱炭素化において日本が世界でイニシアチブを取る未来です。国土交通省海事局次長の河野順氏は、その挨拶で、『国土交通省海事局では「船舶産業の変革実現のための検討会」を設置しています。その報告書の中で、2030年に日本の船舶産業が次世代船舶の受注量で世界トップシェアを確保することを目標に掲げています』と述べました。今回お披露目した技術は、その目標に順調に向かっていることを明らかにしたものと言えます。

国土交通省の海事局次長の河野順氏
水素エンジン開発のカギを握るMHFSが稼働
GI基金事業の「水素燃料船およびMHFSの開発」では、川崎重工業、ヤンマーパワーソリューション、ジャパンエンジンコーポレーションの3社が、それぞれ得意とする領域、大きさの水素エンジンを開発し、2030年度までにこれらを搭載した水素燃料船の各実証運航を完了することが最大の目標です。それに伴い、舶用水素エンジンに水素燃料を供給するための、MHFSを開発します(担当は川崎重工業)。

水素燃料船とMHFSの開発マイルストーン
プロジェクトは2021年3月から始まっており、目下の開発の中心は水素エンジンの陸上における実証試験です。川崎重工業とヤンマーパワーソリューションはこれを開始しており、ジャパンエンジンコーポレーションも大型水素エンジンの製造を完成させ2026年春からの陸上実証試験の開始を予定しています。実船での実証試験に関しては、ヤンマーパワーソリューションとジャパンエンジンコーポレーションが2028年度、川崎重工業が2030年度での実施を計画しています。

陸上実証試験用の水素供給設備
MHFSに関しては、ヤンマーパワーソリューションとジャパンエンジンコーポレーションの実船実証試験に向けて開発することが目標です。これを実現するために、陸上実証用の設備を設置し、稼働を開始しました。
今回のお披露目会では、いずれもジャパンエンジンコーポレーション本社工場に設置された、陸上実証試験用の水素供給設備と、川崎重工業とヤンマーパワーソリューションの水素エンジンが披露されました。水素供給設備は、3社が共同で使用することを前提に準備され、陸上実証試験を行っている両社の水素エンジンにも、この設備から鋼管を通じて水素を供給しています。
水素供給設備は容量70m3の液化水素を貯蔵するタンクを2基備えています。液化水素ポンプによって最大で30MPaまで昇圧し、気化器にてガス化して各社のエンジンに水素ガスを供給します。水素ガスの供給量は最大で781kg/h(3台のエンジンまで同時に陸上試験が可能)、供給温度は0~50℃の仕様となっています。
稼働した陸上実証試験用の水素供給設備について、NEDO水素・アンモニア部次世代船舶チームの川北千春チーム長は「今後プロジェクトを進めるうえで開発の中核となるもの」と語ります。最大30MPaの高圧で大量に水素を供給できる試験設備は、世界でも最先端を走るものです。各社の実証用の水素エンジンが求める様々な要件に応じて安全、安心に水素を供給でき、「今後の実証実験や技術開発の進展を大いに加速させるものです」と、水素供給設備の意義を説明しました。

NEDOの川北千春プロジェクトマネージャー(水素・アンモニア部次世代船舶チーム長)
3社が開発する水素エンジン、課題克服にメド
舶用水素エンジンの開発においては、乗り越えなくてはならないいくつかの技術課題があります。代表的なもので言えば、「水素は可熱範囲が広く最小着火エネルギーが小さいために異常燃焼しやすいこと」「水素を吸収した金属は脆くなりやすく部品類の水素脆化を起こす恐れがあること」「分子径が小さい水素は漏洩しやすいためそれらを防止する対策が必要なこと」――などです。こういった課題への対応技術を舶用エンジンメーカー3社は開発し、陸上での実証実験により検証を行っています。
川崎重工業が披露した水素エンジンは、中速4ストロークエンジンで、8つのシリンダーを備えています。定格出力は2600kWです。今後の出力向上およびシリンダーの数を変えることで、エンジン1台で出力を8MWまで高められるよう計画しています。エンジンを複数台搭載すれば30MW程度までの出力が可能となり、全長100m程度の小型内航船から全長300m程度の大型外航船までをターゲットとします。

川崎重工業の中速4ストロークの水素エンジン(画像:川崎重工業の提供)
川崎重工業のエンジンの特徴は、EGR(排気再循環)システムを備えていることです。排ガスの一部を吸気側に戻して酸素濃度を下げることで、水素の急激な燃焼を抑制できます。現在の試験機は、燃料としてディーゼル燃料と水素を混ぜたデュアルフューエルエンジン(DF)で、運転開始時にはディーゼル燃料を利用し、途中で水素モードに切り替えていきます。水素の投入割合を98%まで高められることを確認しています。
ヤンマーパワーソリューションが運転状況を披露した水素エンジンも川崎重工業と同様に中速4ストロークエンジンであり、実証運航では発電エンジンとして油槽船への搭載を予定しています。6つのシリンダー(多気筒)を備えており、定格出力は800kW。やはりデュアルフューエルエンジンであり、冗長性を確保しています。さらに自社製のSCR(選択的触媒還元)システムを備えることで、NOx除去にも配慮しています。

ヤンマーパワーソリューションの中速4ストロークの水素エンジン(画像:ヤンマーパワーソリューションの提供)
水素燃料による運転を2025年7月から始めましたが、ここに至るまでにはCFD(数値流体力学)技術を駆使して混合気形成や水素燃焼等について解析し、1つのシリンダーで構成され、多気筒エンジンと同一のボアサイズである単筒機において異常燃焼を制御する技術を確立していました。本検証では、水素の割合を96%まで高めた状態での燃焼を早期に実現しています。
一方、2026年春からの試験開始を予定しているジャパンエンジンコーポレーションの水素エンジンは、低速2ストロークエンジンで、多目的貨物船の主機用での搭載を予定しています。水素の燃焼解析モデルを構築することで水素エンジンとしての性能予測をシミュレーションし、異常燃焼が生じることなく安定燃焼できるようにしています。また、2ストロークエンジンでは水素ガスを高圧(30MPa)で噴射する方式をとりますが、水素燃料の単体噴射装置を製造し高圧水素下で1000万回に及ぶ耐久試験を行い、水素脆化の影響がないことを確認しました。信頼性を確保したうえで、エンジンの組み立てを開始しています。定格出力は最大で5610kWを見込んでいます。

ジャパンエンジンコーポレーションが開発を進める低速2ストロークの水素エンジンのイメージ画像(画像:ジャパンエンジンコーポレーションの提供)
現時点で、3社における水素エンジンの研究開発は極めて順調に推移しています。しかしながら、水素燃料船の実用化に向けては、エンジン単体の開発だけでは不十分で、この先に予定されている実船での実証がさらに重要になります。また、社会実装を促すという観点からは、効率的なバンカリング(船舶燃料供給)※1システムの開発も求められています。加えて水素の低価格化も必須で、これらを実現するためには業界を越えた対応が必要となります。いずれも簡単なことではありませんが、こうした課題を乗り越え、日本企業の技術が世界の海事産業の脱炭素化をけん引していくことを目指します。
※1 水素エンジンに水素燃料を供給するバンカリングは、液化水素が極低温状態にあるため作業工程が多く、またBOG(Boil Off Gass)も発生しやすいという課題があります。加えて、水素の体積あたりのエネルギー密度が低いことから、バンカリング頻度は他の次世代燃料(LNGやアンモニア)に比べて高くなります。このため、安全で効率的なバンカリングは、水素燃料船の社会実装に向けて開発が不可欠なものです。このような背景から、GI基金事業の「舶用水素エンジンおよびMHFSの開発」においても、「液化水素バンカリング自動化技術の開発」という開発項目を加えました。


